Magic16. 彼の理由  
 
 




「どうしてそんなに私に構うの?」
キャシーは尋ねた。
どうせ変な下心はあるに決まってる、そんな色のオーラは見えないけれど。
乳白色の優しいオーラも、今は少し静まっている。

「どうしてって…」
アデューイは少し考えるような沈黙のあと、言った。

「僕のいた地区ではね、レベルQが最高位だったんだよ」

突然の意味不明な話題への急転換に、今度はハァ?とも言えなかった。

レベルQが最高位。
超級の魔法使いが生徒として集められている学校に行っている身としては、入学資格すら与えられないそのレベルでも。そんな地区は多数存在するのである。

「僕はそこで魔法使いの両親から生まれて育ったんだけど、特に大した能力もなくて、まぁでも別に問題なく過ごしてたよ」
魔法使いの郷は魔法使いでなければ住まうことはできない。
それが魔法使いの親から生まれた子供でも、魔法が使えなければ『普通の人間(テラ)』として郷からおろされてしまう。
とはいえ、当然子供が幼いうちはこの郷にいてもいいとされている。
アデューイが問題なく、と言ったということは、まだ親元を離れられない年齢であったということだ。


「そんなある時、家で近所の友達と遊んでたら、気付いたときには火事になっていた。多分そんな大火事じゃなかったんだと思うんだけど、火は見えたし、僕には家が燃えているというその恐ろしいことだけとてもよくわかった」

後で、その友達が火が得意の魔法使いであったことが判明したが、その時にはそんなことわからない。何かの拍子に魔法を使ってしまったらしいこともわからない。

ともかく、幼い少年たちの前で、火は大きくなっていった。
親は不在。
絶望的な状況だった。
目の前が暗くなる。

誰か、助けて──


叫ぶアデューイ少年が感じたのは、沸き上がる水。吹き上げる水。大きな波。

…そう、水さえあれば、ぼくたちたすかるの…!
そうだよ、その火にかかって…!





──目を覚ましたのは、それから何時間も経ってからだった。
母親が安堵して笑う。

「…何があっ…」
「アデューイ!」

何があったの、と聞く前に母は彼を抱きしめた。
母の肩の向こうに、父がいた。
目が合うと、父もまた笑って。

「魔法…使えるようになったんだな!」



──魔力の回復を待って、幼いアデューイ少年の魔法の訓練が始まった。
水の魔法に目覚めたアデューイだったが、まずそのコントロール方法から、ということになった。
確かに火事は防げたけれど、小さな炎を消すにしては大きな水を出しすぎたためだ。それにいちいち魔力を使いきってはいられない。
親同士の会話では、家中水浸しだと笑っていたが。

「幼いうちは魔法の力が不安定だから、レベルを測ることはしなかった。…でも、親も薄々感付いていたんだと思う。僕が既に上級(ハイレベル)であることを」

…アデューイの両親は、彼の力に気付いていた。

それは、無我夢中で出した水が、いくらとにかく水を願い念じたからといって、随分と多かったこと。
そして何より、既にコントロールできていたことだ。
この場合のコントロールとは、力の抑制ではなく、自在に操れること。
両方伴って初めて、制御(コントロール)と呼べるとしているが、アデューイは、とにかく水を出して、そのことによって火を消したのではなく、的確に火に当てに行った上、一緒にいた友達を傷つけないように、全ての水が友達を避けるように流れさせたのだ。


そこで、アデューイが最初に目覚め、中心となった魔法は水だったから、水の魔法について力の抑制方法を学ぶこととなった。
大体そういう訓練、或いは修行の場合、段々とランクを上げていく方法で行う。

水の場合は色々な水の形を操るなどが大抵だが、集中力やその力の大きさをはかるのに大体は水柱が使われる。
とはいえ水柱では、魔法のランクがあがるにつれて家の中ではできなくなる。自然、アデューイも庭での鍛練となった。
だが庭では、近所に筒抜けである。
日々高く太くなっていく水柱。

近所の人間、更に広まって地区の人間たちは、恐怖の念で幼いアデューイを見るようになった。
母親は何とかごまかし、だましだましでアデューイをかばおうとしていた。

「でもさすがに水柱が近所で一番高い家の屋根を越えた時は、お母さんもどうしようもなかったんだけど」
たはは、とアデューイは笑った。

まるで突然変異のように、先天的に強力な力を持って生まれる子供がいる。
そういう場合大抵は両親とも魔法使いの間に生まれるのだが、稀にどちらかが普通の、魔の力を持たない人間・テラであったり、共にテラの場合もあったりする。
アデューイの場合ももともとかなり高い潜在能力を持って生まれてきたのだろう。
だが、それが魔法という形で表に現われたのは、少し遅かっただけ。

「まぁそれで、レベルをはかりに行くことにしたんだ」
レベルをはかりに行くことは、魔法使いとして正式にも公式にもみとめられるということである。その方法は、水晶授与式という形で行われる。長の元に赴き、特殊な水晶を貰い受ける。それは魔法使いが皆胸元につけているレベルを示す水晶である。
それをもらうことで魔法使いとして認められ、そしてついに初めて己のレベルが判明する。

「それでね、長から戴いて…水晶が示したのはN。僕は、10歳にしてレベルNだったんだ」

レベルN。
それは、一般的にはかなり高いレベルである。JやKを過ぎるとその数はガクッと減る。
しかもそれが、まだまだ未発達の10歳の子供のレベルだとすれば、とんでもないことだ、が。

「…結局何が言いたいの」

キャシーにとって、それはいらつかせるだけのものだったらしい。
13歳にして"レベルZ"のキャシーには。

「…僕のいたその地区は、最高位がQだって言ったよね。N以上の人なんかほとんどいなかった」
それはそうだろう、と思って、苛々と続きを待った。
「だから」
アデューイの目は、真っ直ぐキャシーを見た。



「だから──皆、僕を恐れたんだ」





 
 
 




 

あとがき


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