Magic15. 来訪者    
 
 




キャシーが本当の意味で目を覚ましたのは、それから2日後のことだった。

「うわ〜何これだる…」

頭に手をやると、額を叩きそうな程、手に勢いがついた。
ハッとして手を見ると、リストバンド型出力制限アクセサリー(イラセスカ)がない。いつも重量的にも重いものをつけているのに、身につけていないため、手に力が入りすぎたようだ。
恐る恐る手の甲を見ると、"Z"の文字が見えて、急いで目を背けた。

自分の家のベッドの上。
何故こんなに自分が解放状態であるのかを必死で思い出した。
ここまで来るのが大変だったことも。

氷の魔法を使っただけでも倒れそうなほどだったのに、回復する間もなく、長に凍傷治癒魔法を使ったため、キャシーは魔力を使い果たして倒れてしまった。
入学試験のウレンと同じだ。

ただただ眠るキャシー。
長と歴代の長たちの結界と異空間を壊さないよう、氷の魔法を使う前に内部から"レベルZ"のキャシーがかけた防壁魔法はアダとなった。
これを解かなければ、この異空間から出られなくなってしまったのである。
最強の魔法使い、"レベルZ"のキャシー。
――その固い防御壁は崩せない。
長はキャシーが少し回復するのを待って、必死で起こした後、どうにか壁を解いてもらおうとした。
長としてはそれだけで勿論十分だったのである。あとは自分で出られるから。
だが、キャシーは自分のせいで長が何時間か閉じ込められ続けたことに、寝呆けながらも気付いた。

それで、キャシーは焦った。

長がキャシーを招いた異空間から一気に2人とも出られる魔法を繰り出した。
正攻法では1人ずつしか出られないところを強引にこじ開けて出たのである。
完全回復していないキャシーは、それでまた魔力を使いきってしまった。
それでどうなったのかは知らないが、自宅でこうして目覚められたということは、長がここまで運んでくれたからに相違ないだろう。

「…なるほどね…」
呟いて目に入った砂時計を見た。
長の魔法の砂時計である。
光の魔法を得意とするからといって他の魔法が使えない訳でもなく、修練次第だが、長は簡単な砂の魔法で時計を作り、キャシーが目覚めたときにどのくらい時間が経ってしまったのかを知ることができるようにしてくれていた。
ここにきてから57時間が経っているらしい。
夜8時前の現在から、どのくらいあの異空間で倒れてしまったのかが逆算できた。
ち、と思わず思った。
氷の魔法がどれほど大きな力を必要とするのか知らないけど、それなりに大きいとしても。
あの(・・)魔法を使った時とかわりないじゃないの――

"σεαλ εŵερΨτηινγ αβουτ ζ δεεπ ιν τηε ρεχεσσ οø ιραχεσχα"
キャシーはグローブをはめて、小さく封印魔法を唱えた。
「…う…っ」
ギリギリと手を締め付ける感触と、それに付随して起こる頭痛に必死で耐える。
イラセスカを装着する時にはいつもこれが襲い掛かる。それがまた、外したくない思いを増長させていた。

元通り、全てを装着し終えて、必死で息を整える。
はぁ、苦しい、と机に手をついた。さすがに一気に着けすぎたかな、と思うと、ふと机にしては感触が…と手の下を見る。
すると。

「!」
机だと思って手の下に敷いていたのは、魔法書であった。

(氷の魔法書…!どうしてここに…)
長以外あり得ないと瞬時にわかったのだが、だが長ではこの書物に触れられなかったはずである。魔法で運んだにせよ、そういえばあの異空間からこの本を引っ張り出した覚えがない。
…謎だ。
大体あんなに頑丈で厳重な保管だったのに、こんなところでちゃっかり鎮座している場合じゃないだろう…

"εντερ τηατ βοξ, νεŵερ χομε ουτ ωιτηουτ μψ ορδερ"
とりあえず近くにあった物入れに入れて、魔法を唱えて施錠。
"レベルZ"の時に鍵を掛けるべきだったのかもしれないが…
自分以外触れなくて、文字も読めないなら問題ない気もする。
あの堅い保管は、誰かが凍傷など起こさないようにするためなのかもしれない。


カラン――と、タイミングを見計らったように鳴った呼び鈴に顔を上げる。
長が来たのかな?

「キャシー?」
ベルから聞こえたその声。

信じられない思いで来訪者を見ると、キャシーは驚いて、天窓から目視して、それでも間違いないことを確認した。


―――どうしてここに
     アデューイが


忌み嫌うか妬むか恐れるか倒そうとするか。
そのどれかならまだしも、「友達になりたい」などと言い出した変な男。

「キャシー、起きてるかい?」
その声に、自分が寝ていたことまで知られているのかと気持ち悪くなる。
「…何用」
声を返してやると、ハッとしたような気配を感じた。
「キャシー!良かったぁ!…あ、アデューイだよ、同じクラスの」
わかってるわよ、だから何よと黙ると、ちょっと気まずそうに
「あの…ごめんね、急に訪ねて。話したいんだけど、降りてこられる?」
と言った。

     


いつも通り、重力のままに気圧調整しながら降りると、アデューイはランプを片手に、その仄かな光のもと、穏やかな笑みを浮かべていた。
何故ランプ、と言いたそうなキャシーの目線を追って、アデューイは恥ずかしそうに笑い、
「眼を見たら分かるかもしれないけど、僕は水系魔法が得意なんだ。そのせいか、火の魔法は苦手なんだよね〜…光の魔法も難しくて使えないんだ」
光の魔法は確かにとても難しいとされている。使えない魔法使いもとても多い。それを得意としている長が相当の能力持ちであることは、明白である。

「もう体大丈夫そう?魔力は問題なさそうだけ…」
「何で私が寝てたの知ってるのよ」
アデューイの言葉を遮って、キャシーは言った。
「あぁ…キャシー、僕に休むって言った次の日、配布物があったんだよ」
「はぁ?」
話が見えない。
「実技授業の出欠用紙。魔紙に署名だから、使い魔や郵送魔法で届ける訳にもいかないだろ。それで担任のエンジ先生と一緒にきたんだ。そこでちょうど長に出くわして、キャシーが寝込んでることを聞いたんだ。…あの長に会えるなんて思わなかったけど」

長はいつも元老院の奥で政務をこなしているため、滅多に人前に出ることはない。
長にはレベルが高いことの他、人徳者が選ばれるため、魔法使いたちの尊敬・憧れの人なのである。

アデューイの話を聞いたキャシーは黙って、内心で頷いた。
言ってることはものすごくよく分かったから。
でもただ納得したくはない、家を知られているなんて。

――入学した日に説明があった。

実技の授業がある話。
生徒同士で戦い、新たに生み出した魔法や今までの魔法でも強くなっているのを示したりするという。
その戦闘におけるレベル上下は認められており、上昇志向のある生徒にとっては、重要な場であった。むしろ同じ学校の生徒同士は、校外での決闘が認められておらず、校内のどこかか、そういう授業中しかチャンスはなかった。
だが、やはり自分のレベルが下がるのを回避するため、実技の授業を受けたがらない生徒もいる。
その場合は、単位認定がもらえずにずっと同じ級で残留(留年)か、或いは授業放棄と見なされ、退学警告が下る。
受けたくない事情、受けられない事情がある場合はそれを魔紙という特殊な紙に書き、本人自身の署名を必要とする。
体調不良か、或いは――負の魔法使いの討伐に出かけて魔力を使いきっているか。
どちらかぐらいしか認められない傾向にある。

で、キャシーが欠席だったので、その出欠用紙を渡しに来たが、魔紙は法に関わるものとして認定されるため、1人での授受は基本、認められていない。
担任とはいえ、キャシーの家に1人で行ってキャシーに書かせるのは、彼女の署名を強要したと見なされる可能性がある。
それで、誰かを同伴しなければならない。
どうせこの少年は、自分が行きたいとか言い出したのだろう。
何をもって自分が証人同席したがったのか、普通は面倒くさがるものだ。
"レベルZ"のキャシーの家だからといったって、野心家は倒したくとも校外では認められないわけで、わざわざ行く必要性が感じられないわけである。
恐怖観念のある人は近付こうなど考えもしないだろう。
この変な男子は、どこまでも危害を加える気はないし怖くもないよということをアピールしてきているわけだ。
何その無駄な努力。
大体何で今日もいるの。

「…まぁあんたが同席証人にかこつけたお見舞いだよとか言い出さなかっただけいいか…」
ぼそりと言ったキャシーに、アデューイは驚いた顔をして、
「え?勿論そのつもりだったよ?だから今日も来てるんじゃないか」
と満面の笑みを浮かべた。





 
 
 




 

あとがき


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