Magic17. 孤独の共有  
 
 




夜の森に、沈黙が落ちた。
森の中の高い塔に住むキャシーは、黙ってアデューイの足元を見つめた。

「…君も分かっていると思うけど。僕らのいる超級(ラヒヴェ)養成学院の生徒みたいなのって稀で、そこそこのレベルで一生を終えるのが普通だ。高いレベルは大きな義務と責任を負うことになるから」

だから実はあまり上昇志向はない場合が多い。
実際、中級くらいまでが大半である。
だからこそ、彼らは恐れるのだ。
高いレベルの魔法使いを。
強大な力を持った魔法使いを。


間違って大きな魔法が出れば、人を殺すことなど簡単だから。
――だから、それを恐れる。

実際、高いレベルの魔法使いが、オリジナルの新たな魔法を編み出そうとして、その魔法が暴発する、或いは無理に大きな魔法を使おうとしてその反動(リバウンド)があるなど、そういう事故は起こらないわけではない。
そしてその時、傍にいた人の事故死は決して多いわけではないが、あり得ないことではないとして、周知のところである。

「僕なんかまだ幼い子供だったし、魔法の暴走暴発なんて容易に考えられたんだ。でも、力が強すぎて、周囲にそれを抑えられる魔法使いがいるかどうかって話になった」

魔法使いとして、そして人間として安定した大人であれば、ある程度の人徳もあるし、無理に大きな魔法を使おうとか、自分の限界を知っているからしないので、そこまで敬遠されることはない。

だけど、高いレベルの幼い魔法使いたちは――


「…長は、水晶授与式から少し経った後、学者の1人をよこしてくれたんだ」

そこでその学者は、アデューイの母親から、彼の置かれた現状を聞いて深く頷いた。

「おそらくそういうことになっているだろうということで、長は私を差し向けたのです。せっかく幼い頃からこんなにも強い魔法使いとしての力を備えているのです、その力を正しく使い、またその制御方法も教えます。…心が決まったら、ここへいらっしゃい」

渡された光る地図には、今いる超級(ラヒヴェ)養成学院の前身、上級(レップス)学校への行き方が載っていた。



「入ったらびっくりしたよ」
アデューイはにこりと笑って振り向く。
「同じ経験した奴らがうようよ」


――――「敬遠〜?」
――――「えー?そんなの当然だろ」
――――「あぁそんなことあったな」
――――「だね、懐かしい」
――――「そんなのまだいい方よ、あたしなんて…」


アデューイは閉じかけていた心を、持ち前の明るさで無理矢理開き、周りに問い掛けたところ、皆が同じ経験を乗り越えてきていることがわかった。しかも拍子抜けするほどあっさり、ささいなことのように皆は語るのだ。

「そんな暗い過去、乗り越えてきた心も強い人たちが周りにいるんだなっていうのはとても心強いことで、魔法使いになって初めて自分の居場所ができたと思えたんだ」

アデューイはキラキラと語る。
本当にとても嬉しかったのだなと思えて、キャシーの気持ちはますます冷めていく。

「だから周りと切磋琢磨しながら、たくさん鍛練した。負の魔法使いを根絶するため、この世界の秩序を守るため、偶然か必然かは分からないけど、表に現われた強力な力を役立てるためにも」

そしてSを越えて今の超級養成学院に入ったのだろう、とキャシーは思った。

「だけど!」
アデューイはいきなり強く言った。
キャシーは特に動じることなく、ちょっと虚ろな目を向けた。
だってアデューイ、全般的に語り口調が熱い、暑苦しい。

「今――君が置かれている状況はどうだろう?」

しかし…その言葉に、コトン…と不思議な音が心の奥から聞こえた気がした。

「そういう経験をしてきて、流れるようにうちの学校に来たような人ばかりだというのに、皆が君にとっている態度は――同じだよ」

レベルを上げるために自分がやられるのではないかという恐怖から、自分を避ける人。
大きな力で自分も殺されてしまうのでは、という恐れから、自分を避ける人。
そんな人間ばかりで、どんどん孤独になっていった経験を持つ皆だったのに、その中でまた同じことをキャシーにしてしまっているのだ。

キャシーのもつ強大すぎる力に対する恐怖。
超級の魔法使いたちの集まりだから、レベルをあげたい野心家ぞろいだと思っていたけれど、意外と恐怖の念を持つ者が多かったのはそのせいか。
そしてアデューイのように熱い思いでレベルをあげてきた魔法使いたちは、キャシーを倒して最強の魔法使いになろうと思うのだ。


「君が僕たちをどんな目で見てるか知ってる?」
アデューイは静かにそう言った。
「すごく睨んでる。とても近付けないよ、もともとレベルが高すぎるせいか、近寄りがたいオーラが出てるんだと思うけど」

今のレベルはあんたより下だよ、と思いつつ、アデューイがさしている目付きは恐らく、オーラの色判定を無意識のうちにしてしまっている"レベルZ"の特殊眼のことを言っているのだろうと思った。

「もっとソフトな雰囲気を作ってよ、そうじゃないと僕も近寄りづらい」
「別に近寄ってこなくてもいいわよ」
我慢の限界、言ってしまった。
「ソフトな雰囲気って何よ?明日から急ににこーって微笑んで話せっていうわけ?気持ち悪」
「えーっなんでなんでっ!」
アデューイは大仰に叫んで、
「今ならそうしたって誰も違和感ないよ!初日は緊張してたんだなって感じるくらいだよ」
確かに緊張はしていた。
だがそれは、未知の世界踏み込んだことと、己の保身を考えたことからくる緊迫感だ。

何か言ってやろうかと思ってつまったキャシーに、いきなりアデューイは「おっ…と」と空から降る数滴の水を受け止めた。
普通に見る分には雨でも降ってきたのかとも思えたが、それは魔法による水だった。
「こんな時間。魔法使いは体力と魔力命!寝なきゃね〜、ごめんねキャシーも寝なくちゃだよね」
アデューイは自分の頭の上から、時間になると水を降らせる魔法でアラームをかけておいたのだ。
そして。
「早速実践してみてね、明日から」
そう言って見事な笑顔。お手本だと言いたいのか。
「は?」
「だって明日は来てくれるんだってわかったから!」
何で明日行くってわかった?と言い掛けて、さっき、「明日から急ににこーって微笑んで話せっていうわけ?」と言ったキャシーの言葉をうけての発言だと気付いた。

「降りてきて話してくれてありがとう!嬉しかった!また明日ね!」
苦虫をかみつぶしたような顔のキャシーに、アデューイは鮮やかにそう言って去っていった。





 
 
 




 

あとがき


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