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いくつ目かのお店を、キャシーモドキとスーツ軍団が入ったのを見て少し経った時だった。
ものすごい怒鳴り声が聞こえた。
シンディの言ったように、少しずつ距離をつめていき、同じ階、十店舗先まで近付いていたカラハ、ビトレイ、シンディの3人は何事かと思った。
「アタシを誰だと思ってるのよ!?」
「も…申し訳ございません!」
「こんな服じゃ帰れないでしょ、すぐ別の用意して!」
人垣の間からそっと覗き見ると、そこはカフェの店前。
キャシーモドキが店員らしき格好の女性を激しく叱責していた。
どうやらそのカフェの店員がキャシーモドキに珈琲をこぼしたらしい。
それは店内での出来事だろうに、わざわざ外に連れ出したのか。
大してこぼしてもいないのにこわぁ〜という声があちこちから聞こえる。
「は…あの別の…?」
「言葉通じないの?」
「いえあの…」
「それとも何、アンタが洗ってくれるわけ!?」
そして突然聞こえたのは、魔法の詞。
ハッとした、のは、この3人だけだったのかもしれない。
「ダメ!!」
そう叫んだカラハが駆けつけようとする。
ただ3人がいたのは人垣の向こう。その人垣もキャシーモドキたちから、とばっちりをうけないように距離をおいてできている。
間に合いようがなかった…
そして魔法が、発動した。
大量の水が、カフェの向かいの壁に向かって放出され、ものすごい音がした。
水の塊は重力に従って床に落ち広がり、その過程で水の中から女性がひとり、床に倒れ残った。
「あれは…」
びしょぬれで床に倒れたまま動かない。
モドキに怒鳴られていたカフェの店員だった。
「水の魔法をなんてことに…」
アデューイが言った。
気に入らなかったから吹っ飛ばした。それも容赦なく、不必要なほどの水量、水圧で。
あまりの量で見えなくなっていたが、店員は相当の圧力で壁に押し付けらたことだろう。
「あら、自分を洗っちゃったわけ〜?」
モドキが笑いながら言った。
笑いながら、ずぶ濡れで動かず倒れたままの店員を見下して。
──その顔は全くキャシーに似ていなかった。
そのキャシーモドキ、いや、マガイモノの後ろ、つまり店内から青い顔で冷や汗を拭きながら、スーツのおっさんたちが数人出てくる。
そして何を言い出すかと思えば、
「お、お前が悪いんだぞ!」
「そうだそうだ、""様に粗相をするから!」
よりによって、そんなことを。
マガイモノはそんな声を腰に手をやったまま背中で聞きながら店員を見下ろしていると、
「やだ、なーに?びしょびしょで、やーねえ」
と言い、1歩下がった。
全身濡れた店員から水が流れて来て、マガイモノの足元を濡らしたらしい。
「そんなに濡れてるなら、乾かしてあげるわよ!」
そしてそう叫ぶや否や、
「"εξσιχχατε τηε συρøαχε..."」
魔法の詠唱に入る。
「『乾かす』って…!」
ビトレイが息を飲む。──この魔法は!
急に景色が揺らいで見えた。
それは間違いなく、かげろうだった。
「熱の魔法だ…」
ビトレイが唇を噛みながら言う。
マガイモノの魔法は、店員が倒れている地面を加熱していた。
店員はまるで熱せられたフライパンの上にいるようだった。
意識のない状態でそんなところに転がされて、火傷どころじゃすまない──
そう声にする間もなく、後ろから誰かが飛び出した。
「カラハ!!」
そのままカラハは店員を助けようと突っ込んでいく。
「"ρδιŵ ηερ ον τηατ υπδραøτ!!"」
と、魔法を唱えながら。
「カラハ!!くそっ…"εŵαπορατε εŵερΨτηινγ, προτεχτ καραηα, εŵε ιø ωηατ ηαππεενσ!"」
「はいはい、"øλαμε, βυρν μαγαιμονο'σ μαγιχ!"」
──そして。
店員の体がふわっと浮かんだ。
「──え」
そう呟いたのは誰の声か、
──あとで考えてみればマガイモノの声だったような気がする。
そのまま店員はふわりとビトレイたちの頭上に来て、ゆっくり降りてきた。
ビトレイとシンディは手を伸ばし、その下降を支えた。
「な…何よアンタたち」
震える声に皆でそちらを見る。
そしてゆっくり、かみしめるようにカラハが言う。
「思ったより低い声なのね」
キャシーよりも。
それにキャシーよりもだいぶ背が高い、と思ったが、余計なことは黙っておく。
「カラハ、やるわねえ…」
シンディが呆れたように言う。決して褒めているのではない、ひやひやさせて、という気持ちだった。
カラハの魔法は、風の魔法。
マガイモノが出した熱の上昇気流を利用し、風の魔法で店員を浮かせ飛ばしたのだ。
カラハはシンディの言葉に笑って答える。
「2人なら絶対守ってくれると思って」
熱系が得意なビトレイと炎が得意なシンディなら絶対に。
事実、ビトレイもシンディも、マガイモノの魔法をかき消す魔法を唱えていた。
カラハはそうしてくれる2人を信じていたから、風の魔法だけを唱えてつっこんだのだ。
相手のレベルが読めなくても、レベルVの2人が力を合わせればある程度は敵うはずだ、と思ったから。
その読み通り、熱の魔法は消えうせた。
「おのれ…」
マガイモノはわなわなと震えていた。
その横で数人のスーツのおっさんは何かおかしい、と気付いたような顔をしていた。
それもそのはず、最強の魔法使いの魔法があっさりと消されたのだから。
本当の"レベル"であればVが2人かかったところで焼け石に雫、みたいなものである。
「…あら?」
カラハが言った。
「あなた何か変ね。勿論こんなことして、既に頭おかしいと思うけど」
ビトレイはぎょっとした。
シンディも驚いてカラハを見つめた。こんな態度をとるなんて。──これはかなり、怒っている。
「"υνχοιλ ηερ βινδ, πεελ οøø ανδ øαλλ"」
突然、カラハは唱えた。
これは!!とビトレイは血の気が引いたが、カラハの魔法の対象は自分に向いていなかった。
冷静になれば、本物の""であるキャシーにかけてもらった『あの』魔法がカラハに解除できるはずはないのだが。
そう──カラハの魔法は。
「うわ…!?」
その叫び声に、誰も聞き覚えがなかった。
それは低い声だった。
まるで魚のウロコのような透明な何かがマガイモノから剥がれ落ち。
その場に残された、いや、立っていたのは、どう見ても成人男性だった。
「え…ちょ…」
どうにか声が出たシンディが、説明を求めてカラハを見る。
「変装の解除魔法よ」
変装って…とビトレイは思った。正式には変化の魔法なのだが。
「この場合女装ね」
カラハが「この場合『も』」と言いかけた気がして、ビトレイは慌てて聞いた。
「なんで分かったの」
疑いは勿論あったけれど、確証はなかったはずだ。
「んーなんとなく?」
カラハに上目遣いで見られるビトレイ。
まるで『いつもそばにそんな人いるし?』とでも言いたげなカラハの目に、
なんか変な汗が、背中を伝った…
「お…お前…これは一体…」
店の中から飛び出してきたお付きのスーツハゲが叫んだ。
「あら、まだ他にも付き人がいたの。ご覧の通り、偽者の変装をはいだのよ」
カラハがにっこり。心底怒っている笑顔だった。
「"レベル"を名乗りたいのなら好きに名乗ればいい。でも、それで誰かを傷つけるのは許さない」
笑顔を一転、本気で睨むカラハ。
勿論、シンディもビトレイも睨む。
長は死傷者が出ていると言っていた。
それに傷ついたのは『普通の人間』たちだけじゃない。
この事件を聞いた自分たちも、長も、──知ればキャシーも。
「"レベル"だ、と、最強の魔法使いだ、と…」
スーツのおっさんが震える声で言った。
「最強どころか。私の魔法でも弾ける程度よ」
相手のレベルが判明しない状況で自分のレベルを名言するのは避けたが、でもUのカラハでも変装魔法を解除できたというのはU以下、いや、U未満の可能性が高い。
「おのれ、騙したな…!」
つかみかかろうとするスーツ軍団に、
「"ωατερ! øλοω εŵερψτηινγ, αλλ οø εŵερψτηινγ!!"」
とマガイモノだった男は叫んだ。
「カラハ!」
ビトレイがカラハの腕を引き、自分の後ろに回らせる。
瞬間、男から水がわき出た、というより噴き出した。
男の四方から出たものすごい勢いと量のその水にスーツ軍団は全員押し流され、カラハたちの方まで流れてきた。
だがカラハもビトレイもシンディもそれぞれ防御魔法を発動させたので、全く問題なかった。
「オレに触るな」
キャシーのマガイモノだった男が息を荒くして言う。
戦況のあまりの部の悪さに、自棄になっているように見えた。
また水か、とシンディは思った。
でも熱も操っていた、とビトレイは思った。
そしてカラハは。
「おじさんたちをよろしくね」
そしてカラハは、そう言い──
「"τηυνδερ, πλεασε ρυν το..."」
と叫びながら、元マガイモノの男に突っ込んだ。
そしてスーツ軍団を託されたビトレイは、カラハが唱える前には動いていた。──カラハが何を考えているかは分かるから。
「"ι ασκ ψου, εαρτη, αβσορβ τηε ωατερ τηατ..."」
ビトレイが唱えたのは土の魔法。
単純なものでいい、ただあいつの出した水さえ吸えば。
男はカラハが突っ込んでくるので、避けようと下がった。
カラハはただ、その足を見ていた。
──かかった。
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