Magic38. 最期の光     
 
 




「最期の、光──か…」

キャシーは光の中でそう呟いた。
彼女にとっては既に一面の白い世界となっていただけだったが。

「正常にあちこちの機能が動いていないせいで、魔力を使い果たしてもなお、魔力回復のための休眠に入ることなく、まだ強引に強力な魔法を放とうとした結果…なのね」

あの絶叫は、彼女の苦しみ。──断末の悲鳴。



「…誰かいるね」

急に聞こえたその声は、心の内から聞こえたような気がして、キャシーは驚き周りを見回す。…何も見えない。
ただ。ふっと暖かい気配を感じるような気がして、そちらの方に向かった。

ふわり、と真っ白な世界で、穏やかな気配に包まれたおばあさんが見えた。


「あなたは…?」

「魔法使いのアタシ、だよ」

穏やかに微笑むシンディの祖母。
病気になる前までは、病気がひどくなるまでは、こんなにも穏やかな微笑みができる人だったのか。
真っ白な世界で、静かにたたずんでいた。

「もう魔法使いとしてのアタシはだめだと思う。今のアタシは、ただ感情と本能だけで生きてるのかもしれない」
ふっと息を吐いた。
寂しい笑み。揺れる目。それを隠そうとして視線を下げる。
キャシーはそんな彼女を見守ることしかできなかった。

「でもさすがはあんただね」
「え?」
シンディの祖母は顔を上げると、キャシーににっこり笑った。

「知ってるよ。…いや、分かる、が正しいかな。あんたは"レベルZ"のキャシーだね。『断末魔の光』と呼ばれるこの魔法使いの最期の光にいてもなお、平気なんだから。いや…断末魔の…叫びを聞きとれてしまうのだから、と憂いた方がいいのかな…」
「『憂う』?」
「そう表現した方が正しいだろう。聞きたかないだろ?同じ魔法使いの死を、これ以上ないほど目の前で感じて見てしまってるんだから」
「──そうは…思いません」

確かに、魔法使いとしての『終わり方』としてはかなり壮絶だと思う。
『力を出し尽くして…』だなんて。
普通は自ら制御がかかって、限界以上の力など出せるものじゃない。仮に出したとしても、すぐ休息への眠りに入るはずだ。
キャシーは腕を伸ばして、周りを見る。

「立派な光。レベルWとして生きたあなたの証です。今までは確かに、魔法使いのあなたとして生きてきたのかもしれません。でもこれからは、ただのあなたとして生きればいいと思います。今まで育てた分、孫に甘えて生きればいいんじゃないかと思います。あなたは死んだわけじゃないのだから」

「…何も分かっていない子が、生意気言うんじゃないよ」
シンディの祖母は、ふふっと嘲笑した。
「この光、火事場の馬鹿力みたいなもんなんだよ。最期の一滴の魔力を強引に、必死でひねり出したものさ。普通は出し尽くせば消える。でも」
まわりを見渡して話し出した彼女は、そこでキャシーを見た。

「あんたは一緒に入っちゃったから。もしかしたら多少あんたの魔力も勝手に使ってるかもしれないし、逆にあんたがアタシの最期の魔力を吸い取ってるかもしれない。かなりきついかもね」
「…魔力の授受には普段から慣れていますから。限界容量を超えるほど吸われなければ大丈夫ですし、吸わせてもらう分には全く問題ないです。結界だの何だのでさっきから使っていますから」

クックック、とその言葉に笑い声が返る。
「全く生意気な子だね。…まぁでも、せっかくあんたがこうしているんだから、聞いてもらおうかね。シンディへの伝言を」

キャシーは黙って頷いた。

「アタシは…」

そう言った途端、何かが裂けるような衝撃を感じた。
2人はハッとし、そしてシンディの祖母は
「…ああ…、終わったね」
悟りきって、全てを諦めたように微笑んだ。

「つい当たっちゃった。ごめんよ」

光が晴れていく。
一面の白が、全てを吸いこんでいた光が。

「──待って!」

キャシーは手を伸ばした。
届くだろうか。

「ちゃんと伝言聞けてないわ!それから私にも──聞きたいことが…!」

お願い、あとちょっとでいいから。



必死で伸ばした手は、あと少しで寂しく微笑むシンディの祖母に触れる、と



…思ったのに。



瞬間、光が裂けた。






視界が開け、自分がどこに立っているのかが瞬時に明白になった。
心配そうな4人の目が、自分を捉えていることも。

キャシーの足元にはぐったりと座るシンディの祖母がいた。
体の形が座っている、というだけで、目は閉じられている。
お腹のあたりが動いているから、無事であることはすぐに確認できて、ほっとした。





だけど…。
キャシーは感じていた。

最後のあの光が裂けるその刹那。

私は確かに、カケラをつかんだ──と。



     



キャシーは静かに、結界解除の魔法を唱えた。
結界を形成するためにガンガン削られていた分の魔力の低下が止まり、キャシーはふっと息を吐いた。

「おばあ…ちゃん…は?」
そっと近付いてきたシンディは、ゆっくりと祖母の横に腰を落とした。
そして抱き起こす。
生きてはいる。ただ眠っているようには見えるけれど…──無事なのだろうか。

「…無事よ。ただ…魔法使いとしては…」
どういったものか、迷って黙った。
アデューイ、パメラ、ユーロパは少し離れた所から茫然と立ち尽くしたままだ。

しかし、シンディは、想像以上にしっかり落ち着いていた。

"οπεν, μψ ποχκετ ιν τηε αιρ"
シンディは左腕で祖母を抱いたまま、小さな声でそう唱えた。
これは空間から引き出すムレット。
そう思って見ている前で、シンディは右腕を伸ばしてふっと何かを握るような動作をした。
空間にしまってあった何かを引き出したことを示していた。
手のひらにあるのは、赤く光る…

「これはね、おばあちゃんの水晶なの」

──ずっと気にはなっていた。
ここに来た時、シンディの祖母は、白いシーツと掛け布団のベッドの上で、オフホワイトのパジャマを着ていた。
魔法使いであることを何よりも語るマントも、そして──レベルを示す水晶も、つけていなかったのだ。
キャシーには、その眼で、祖母がレベルWであることがはっきりと分かるが、普通は相手のレベルを知るには水晶に頼るしかない。
シンディはそれらをしまっていたのだ。

彼女はただ何も言わず、そっとその水晶を祖母に握らせた。
途端──…
水晶はその赤い色を失い、一気に透明になっていく。
祖母の手のひらの色を映し、ただの大きなビー玉のようになった。

「そう…魔法の力を失ったのね」

シンディはそう呟いた。

水晶は、それ自身は見た目はただの水晶と変わらない。
魔法を使えない人が持つとレベルも示さないし、得意とする魔法に寄った色も映さない。
シンディが持っていたことで赤くなっていた水晶は、祖母に握らせたことで無色になった。
水晶は──祖母が魔法を失ったことを示していた。

「おばあちゃんの水晶は…とても綺麗な赤だったの。少し黄色がかった赤。火の魔法が一番だったけど、光の魔法も得意だった」
そしてはっきりとわかるWの文字が浮かんでいた。
そんな水晶には白が似合う、といっていつも白いマントを身に着けていて、魔法を使った時にその光の陰影が映って、とても綺麗だった。

「おばあちゃん───…」
シンディはぎゅっと祖母を抱きしめた。
その動きで、水晶は祖母の手から落ちて、床を転がる。
静かに涙を流すシンディの横で、床の色を映す水晶を見つめる以外、アデューイには何もできなかった。
パメラもユーロパも、シンディと共に涙を流す以外、何もできなかった。







 
 
 





 

あとがき



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