Magic36. 竭尽     
 
 




息を切らすシンディの祖母。
暴れ倒したためにその髪は乱れ、服はよだれで汚れ、目は血走っている。
その目が見つめるのはただひとり、尋常ではない威圧感を持って立つキャシー。

これは、魔力が尽きるとかそういうことじゃない。

精神的に来る…


──いつまで続くのだろう。
レベルWの魔力の底など想像もつかない。
こうして息を整える間に、シンディの祖母の魔力だっていくらかは回復しているはずである。
そしてまた、彼女は思い出したかのように何かの魔法を使って、キャシーがそれをおさえて、その繰り返しだ。

「キャシー…」
参っているのはシンディたちもまた同様である。
弱々しく声をかけたのはパメラ。
「いい加減、休みなよ…」
彼女の方がつらそうな顔をしている。
キャシーはフッと笑うと、
「それはこちらの台詞。私が疲れた時にかわってもらうかもしれないから、休んでいて」
勿論そんな気は毛頭ないが。
言われた方もそれはわかっている。キャシーがそんなことを頼んで来ることは決してない。

しかし、ゆるゆると時計を見ると、既に時刻は次の日にうつったことを示している。
一体いつまでこうしているのだろう…

「おなかすいたよ…」
シンディの祖母の呟き。

「私もなのよね。でも、あげられない」
キャシーがそう返すと、彼女はまっすぐ睨んできた。
「ごはん!」
「ないわ」
「ごはん!」
「ない」
祖母の手が怒りで震え始めた。そして。

"øλαμε!βυρν υπ τηατ γιρλ. βυρν δοων υπ øρομ τηε μαρροω οø α βονε!!"

ハッとした。
今のは、炎の魔法。それもその中でランクが上の──
魔法使いのレベル次第では、『何でも燃やし尽くせる』になる大きな魔法…
こんな家など、あっさり包み込む大火となり、周囲の森も飲み込むだろう。
さらに結界の中は祖母を中心に、さっきの風が今もなお強く吹いている。
大きな炎なら、こんな風では消えない。もっと強さを増すだけだ。

結界から炎が出ることはないと思うが──油断はできない。

"πλεασε δο νοτ βλοω το με, ωινδ. ηιμ ισ δεøενδεδ øρομ τηε øλαμε"
キャシーは祖母を守る魔法をとなえた。
この状態で炎を出されたら、完全に飲み込まれるのは彼女だ。
自分は最悪、結界から出れば何とかなるだろう。が。



──自我が、と思った。




シンディの祖母はずっと強力な魔法を使い続けている。
それは傍目から見ても明らかで、いくらレベルWだと言っても、いくらなんでもめちゃくちゃだと思う。
キャシーだって、魔力に余力があったって、こんな使い方はしない。
それを気に入らないことが続いたからといって、それを最大限の魔法を使い、自らを危険に晒してってまで完全排除しようとするのは、既に──…。

しかし祖母の魔法は当然、既に発動していた。
まるで自然発火したかのように、空中のあちこちで炎が生まれ、風に乗って一気にキャシーの元へ。


「キャシー!!」

皆の叫び声が聞こえた。

これは間違いなく、憎しみの具現化──呪詛。
キャシーを憎み抜いて発せられた呪文だった。
呪詛だけならはじけるが、その混じった呪文となると、とキャシーは風の魔法を唱えた。
自分の周りの気流を変える魔法。
風に乗って向かってくる炎をかわし、その流れを結界壁に持っていく。
そうして大きな炎は一気に結界に吸収されていった。



「おなか…」
祖母はそう言って座り込んだ。
更に魔力が削られたせいで、空腹感が増したのかもしれない。
だとすれば、魔力の不足を補うために、体力の方に変換されてきたと取れたら進行が見られるのだが。
病気のせいで連呼しているのだとすれば、まだまだ分からない。

「──お腹、ね。私も食べてないのよ」
キャシーもまた、そう繰り返した。

「キャシー…確かに君は食べた方がいいかも…断続的に魔法を使い続けているから」
アデューイがそっと言った。
魔力には多分余裕はありそうだが、体力を先に使い果たしてしまいそうだ。

とはいえそんな提案にキャシーが乗るとは思えない、と誰もが、言ってみたアデューイすらも思ったが。
「…いい提案かも。結界の外に出るから、ご飯用意してくれるとありがたいかな」
キャシーは4人を振り返った。
皆それにとても驚いたが、確かにキャシーもずっと魔法を使い続けている。空腹はもっともなのだろう、と思い、お互いの顔を見合わせた。
「じゃあ私たちが…」
ユーロパがパメラの手を取って立ち上がった。
シンディは祖母から離れたくないだろうと気を回したためだ。
「何がある?」
「適当に漁っていいわよ」
シンディはそう言うと、台所へ続く扉を出現させ、2人を誘導した。


「…キャシー」

2人が去ると、シンディは弱々しい声を出した。
アデューイは心配そうにシンディに目を向ける。
ゆっくりじわじわと、祖母の魔力がなくなっていくのを目の前で見ているわけだ。一体どんな心境なのだろう──

「何?」
キャシーは結界の中で腕を組み、座っていた。椅子を出してもいいが、また暴風で飛んだりすると厄介だから、地べたにそのまま。

「いつまで──他に方法は──」
泣き言だとわかってはいるが、口にせずにはいられなかった。
「ないし、期限は魔力の果て。正確な日時は不明だけどね」
キャシーは淡々と返した。決してシンディの祖母から目をそらすことなく。

多分、かかってくれると信じて…

     

「お待たせ、キャシー」
しばらくして、パメラとユーロパが戻ってきた。
手にはオムライス。空中に浮いている分を含めると、人数分あるようだ。
「ありがとう。そこに置いておいて。あと、おばあさんにはあげないから、残りは誰か食べて」
さらっと言った言葉に、皆の空気が固まった。
それでもキャシーは表情を変えずに、腕を組んで座ったまま、結界内でシンディの祖母を見つめ直した。

なんとなく重い空気の中、アデューイは2人の作ってくれたオムライスを口に運ぶ。
その様子と匂いに誘われて、作ったパメラとユーロパも食べ始めた。

しばらくして、キャシーはすっと立ち上がる。
いちいちシンディの祖母がそれに反応し、大きくびくっと体を震わせる。
「私もいただいていいかな」

そして結界壁があるとはとても思えないほど、まるで扉のない部屋から出てきたように、あっさりと伸びをしながら歩いてきた。
オムライスがゆっくりキャシーの方に近付く。
キャシーはそれを受け取ると、結界から1mほど離れた場所で地べたに座りこんで食べ始めた。
アデューイは食事のために自分で出した椅子をすすめようとしたが、キャシーは首を振った。

そして何口か食べた後、
「…おいしいわ。あなたたち、意外と料理できるのね」
気になる形容動詞にひっかかりながらも、キャシーが褒めるということをしたことに皆は意外な思いでいっぱいだった。
「あたしたち…親元を離れた生活して、長いもの」
パメラがびくびくしながらも答える。
パメラとユーロパは、親元を離れてルームシェアをしながら学院に通っている。
離れて長いといっても、そんなの彼女らが自分より長いこと生きてるからなだけだ、とキャシーは思った。


そのまま食べていると、ふっと視線を感じてそちらに目をやった。
シンディの祖母が見ている。
キャシーたちが食べているのをじっと見ている。

キャシーは目を合わせたまま、スプーンを口に入れた。

「食べたいいぃ」
呻くように彼女は言うと、キャシーたちがいる側の結界ににじりより、へばりついた。
結界からは出られないようにしてあるので、祖母は激しく結界壁を叩いた。
「食べたいいぃいいぃ!!!」
シンディもパメラもユーロパもアデューイも、キャシーと祖母をおろおろと見つめるしかなかった。

しばらく続けていたが、やがてシンディの祖母は、叩くのをやめた。
──キャシーは来る、と思った。


"øλαμε, βυρν υπ τηατ γιρλ. βυρν δοων υπ øρομ…"


そう、結界の壁を破るために、魔法を唱え始めたのである。


素直に結界に魔法を当てるのであれば、目の前の結界はあっさりと彼女の魔法を吸い、無に帰すだろう。
しかし魔法の当て方を間違えれば、自分を巻きこんでしまう。

つまり、自らを攻撃してしまう可能性がある。


キャシーは食べ終わったお皿とスプーンを放り投げるようにして立ち上がり、結界の中に飛び込んだ。彼女を阻止するためだ。

「待っ…!」

キャシーがひらりと飛び込んだ横から、ほぼ間髪入れずに飛び込もうとしたシンディだったが…

「きゃあ!」
見事に結界に弾かれ、尻餅をついた。

キャシーはちらりと振り向いて、
「…ごめんシンディ。私以外入れないようになってる」
と言うと。

"πλεασε γατηερ λιγητσ! εξποσε δανγερ το τηε λιγητ οø δαψ ανδ σηινε το δεøενδ ηερ"
叫ぶように魔法の詞を唱える。
キャシーが指差すと、祖母の体が光で包まれる。
光の防御魔法。
祖母の唱えた攻撃魔法は危惧していた通り、広範囲に渡るものだった。
結界に当たったものの他、四方に飛び出した魔法は行き先を見失い、自らに返ってきてしまいそうになっていたが、キャシーの防御魔法がそれを弾いた。

"χηανγε οø χουρσε"
シンディの祖母はキャシーが中に入ってきたことで結界に吸収されそうになっていた残りの部分の魔法の矛先をキャシーに向ける魔法を唱えた。

この短時間で、正確にキャシーのいた位置に照準をあわせてくるとは。
やはりこの人はレベルWだっただけある──



そこからはもう、タガの外れた状態。攻撃魔法が引っきりなしになった。
「キャシーに当たってるみたい…」
パメラが呟く。
お腹はすいてるし、なのに誰もくれないし、でもいいにおいはしてるから絶対食べ物はあるはずだし、あそこにいた奴らは食べていたはずなのに。しかもこの怖い魔法使いがまた戻ってきたし…というところだろうか。


「当たってる…?」
シンディがパメラの言葉を繰り返す。
その様子にアデューイが異様なものを感じて彼女を振り向いた。


「──キャシー、あなた…、わざとおばあちゃんを怒らせたわね…!」


全員がハッとしてシンディを見つめた。
キャシーは結界の向こうから、ため息をつくように目を伏せた後、シンディの方に向き直った。

シンディの目が怒りで揺れる。
彼女をとりまくオーラがぎらぎらと光る。かなり怒っている。

「そうよ」

キャシーは即答した。
「魔力を出し尽くさせるって言ったでしょう」
「な…なんてこと…っ」
シンディは怒りで震え、声すら上手く出ないような状況だった。
「よくもそんな非人道的なことができるわね…!!」
「シンディ!!」
アデューイが怒鳴った。
「何よ!?あんたはこんな所業、許せるとでも言うの!?おばあちゃんを何だと──」

「キャシーが本当に平気でやってると思うのかい!?」

その言葉にシンディは怒鳴り返そうと息を吸った状態のまま止まった。

「この方法を見つけた時──キャシーがどんな様子だったか、君は知らないから…!」
アデューイはシンディの顔を見れず、俯いた。

キャシーの感情はあまり表面には出てこない。
出てこないけれど──あの時のキャシーの強い意志を持った目に、アデューイは気付いたのだ。
キャシーが自分を見つめた時、この方法だと一体どういうことになるか、彼女は既に考えて抜いていた。
結界やらその他の準備も迷いなく完璧だった。それももう既に考え抜かれた結果に決まっている。
レベルWの魔力を尽くさせることがどれだけ大変なことなのか、あの時には分かっていたはずだ。
その手段をどうするか、それもたくさん考えたはずだ。

──そんなキャシーが、憎まれ役になることを、分かっていないはずがなかった。
憎まれ役に徹することを、既に決めていたのだ。

その全てを包含して、彼女はシンディに問うた。選ばせた。『それでもやるのか』と──


キャシーはそんなアデューイの様子をちらっと見て、また黙ってシンディの祖母に向き直った。
さすがにちょっと疲れたかな…と思いながら。






 
 
 





 

あとがき


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