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学校に行くには、シンディに送ってもらうのが一番早い、というわけで。

"ρουτε β, υνιøΨ τηε χοννεχτεδ τωο σθυαρεσ...σηοω ηερε"
シンディが魔法の詞(ムレット)を唱えると、また魔法陣が現れた。
しかし先程よりはずっと小さいものである。
陣道で繋がれた魔法陣は2つで1つなので、もともと2つで1つのサイズとなる。

「…悪いけど、ずっとこれを開いているわけにはいかないわ。帰りはどうするの?」
シンディは集中してつめていた息を吐くとそう聞いた。
「帰りは心配いらないよ、僕分かるから」
アデューイはそう言って、キャシーに行こうと促した。
キャシーは迷ったけれど──アデューイの自信満々な様子にかけてみることにした。

     


「さすがシンディ、魔法陣が張れるギリギリのところにおいてあるね」
学院の結界のすぐ外側にはってあったので、一歩踏み出せばすぐに学院の結界内にいた。
「行こう、遅くまで学院にいると怪しまれる」
アデューイは言った。
キャシーはふと日を改めてもいいのではないかとも思ったが、シンディの様子を思い出すと、彼女自身が参ってしまうようにも思えて、急いだ方がいいかなと考え直した。

それにあのシンディの祖母の様子。
シンディ以外がそばに近づくと明らかに様子がかわる、刺激しないでほしいから、そばによるな、とシンディは言った。
だからきちんと見れてはいないけれど…
テネシーみたいに遠くからでも分かる目を持っていないから分からないけれど…
多分彼女のイラセスカは。
あの屋根の大穴からすると、そのタガは外れて、もう役立たないものになっている可能性が高い。
それが怖いと思った。
自我を持っているとは言い難いレベルWの魔法使いを、レベルVのその孫とレベルUの友人2人で抑えられるかが分からない──

図書館に着くと、アデューイはキャシーを見た。
「…でもここはシンディが見たんだろう…?あんなにも必死なシンディが見落とすとは思えない…」
「ここにある本は全部見たんだと思うわ」
自習室のロッカーで置き忘れていた本を見た時の様子は…あれは読み込んだ様子だった。
「見落としたのは本じゃなくて、場所」
キャシーは窓際に近付いた。
「場所?」

キャシーは黙ってアデューイを見つめた。
その目は、今までにないほど哀しい色をしていた。
何かを必死でこらえた、哀しい目。

「ここにある本はシンディが調べたと言っていたわね。治癒の魔法は、誰が見ても悪いことなんて多分ないわ。怪我や病気が治るのなら、誰だって使いたい。それが例えば高位者しかできないとしたら、できる魔法使いを探してお願いするというのが、普通誰もが考えることね」
アデューイは頷いた。
シンディは祖母のことを知られたくなかったから、自分が"レベルZ"になって、"Z"の持つ治癒魔法で治そうと考えたのである。
だが実際はキャシーにはそんな魔法は使えない。
…いや。

「まさか――使えない…じゃなくて…、存在しない、…っていうこと…?」

キャシーは静かに目を閉じた。
存在しない、まさしく言いたいのはそういうことだった。

もし病気を治せる治癒魔法やが魔法薬が存在するのなら、生徒の目にとまったところで問題はないはずだ。
つまり、詞や製薬方法は普通に魔法書のどこかに記載されているはずである。
ところがシンディがどんなに探してもなかった、その事実。
それが指し示すのは、『その方法は存在しない』ということだけ。

「じゃあ…キャシーは一体」
アデューイはつめよった。
一体何をしにここへ来たというのだ。
シンディへの気休めなのか。…だが、キャシーがそう無駄な事をするようにも思えなかった。

「ただひとつ、思いついた方法がある。それを探しに来た」
キャシーはアデューイにまっすぐ向き直った。

「『おばあちゃんは、私の支え』――そうシンディは言った。…私にはよくわかる。例えどんなに遠く離れていても、大切な大切な人という存在が」

アデューイが何も言えない前で、キャシーはそれまでの厳しい目をふっと緩め、とても穏やかな表情でそう言った。
それは、彼女にも大切な人がいて。その人のことを思い出しているからだ、ということだけ、これ以上ないほどよくわかった。

「健やかに笑って生きていてほしい。それが本当の願いのはず。あんな日の当らないところで、風を感じられない場所で、というぐらいなら…。そう思って行き着いたのが私が思いついた方法よ」
「まさか…」
アデューイには分かった。
キャシーが何を考えているのか。

「そうよ。そしてその方法はとんでもないもの――『禁忌の魔法』だもの。ここにあるかどうか、そもそもあっても――生徒の目に触れるような場所にはおそらくないわ」
だから、『論文』なのだ。正式に元老院が認可して発行された『魔法書』ではなく。

アデューイは、あの瞬間にそこまで考えていたキャシーを感心して見た。
まあ確かに、おそらくシンディが藁をもつかむ思いで必死で既に一度調べている場所に、あるかもしれないと言ってきているのだから、何かそれなりの根拠があるのだろうとは思ったが。


「だからまず…『入口』がどこにあるかを探さなくちゃ」
そう呟いて、キャシーは迷った。
絶対的に効く探索魔法の魔法の詞(ムレット)については知らなかったが、それは探せば普通の本棚に普通にあるだろう。
この中から探して、"レベルZ"の解放状態になって、探索魔法を唱えて求める魔法書の在り処を探すべきか。

「大気の魔法で、便利なのがあるよ」

いきなり、アデューイが言った。

「え?」
「禁忌の魔法について書かれた論文があるような場所なら、その在り処には見えないような結界が張られているか、別空間にあるはず、って言いたいんだよね?だけど、先生たちも分からない場所にあっては困るから、多分存在を知っている人は分かるようなヒントは何かしら置いてあるもの。そこで、別空間の探し方で、大気の乱れを見たり読んだりっていう方法がある。僕はこれでも、負の魔法使い討伐に行ったことが何度かあるからね。奴らのアジトを探すのに皆でそうやって探したことがある」

キャシーはアデューイを見つめた。
あまりに見つめたまま何も言わないので、アデューイはちょっと照れて、笑いながら何?と首をかしげた。

「いえ。…意外と頭回るのね」

失礼極まりないことを面と向かって言い、アデューイが絶句している間に、キャシーは踵を返して、本棚を見まわした。
そして、
「どうやってやるの?」
と聞いた。

     


全ての窓をしめて、更に出入口の扉に囲いを設置した。
なるほど、空気の流れをとめたのか。
"βε ενŵελοπεδ ιν øογ"
そして唱えたムレットによって、すごい霧が発生。
図書館の1フロアにたまっていく霧。
はっきりと白い塊とするために、アデューイはかなり濃い密度で発生させたので、少し離れた本棚が良く見えなくなってきた。

「これで最後にゆっくり風を壁沿いに回す。異空間があればそこだけ気流が乱れるはずだから」
「…で?」
キャシーは濃霧から目をそらすことなく言った。
「…それで全部だけど…」
キャシーはそれを聞いてため息をついた。
「な、なんで」
「いえ、やっぱりツメが甘いんだなと」
「ツっ…?」
キャシーはつかつか歩いていった。
「考えれば分かるでしょう、机や椅子のある読書スペースあたりに異空間への入口があったら誰がいるとも限らないし、誰に見られるとも限らない。そんなところに設置はしない」

キャシーは言いながら歩いて、ふと本棚が隙間なく林立するスペースの前でとまった。
卒業生の卒業論文がしまってある書庫だ。
ムレットを唱えると本棚が動いて、求める本のある本棚とその隣の本棚との間に人が入れる空間が開く仕組みになっている。

「…とすると、ここかな」
キャシーはそう言ってアデューイを振り向いた。
「なんで?」
「…あなたは――入学して、誰かの卒論読んだ?」
キャシーの冷たい目に、アデューイは怯みつつ、
「いや…。僕まだ卒論書く学年じゃないし…その頃になったら読むかもしれないけど」
「そうね」
キャシーはまた本棚の方を向き、
「そんな人ばっかりでしょ。というわけでアデューイ、このあたりに霧を集中させて」
アデューイはよくわからない状態で言われるまま、本棚全体の方に霧を集めた。
キャシーだってまだ卒論なんか読んだことがないであろうに、それを言わないあたり、アデューイの人のいいところ。

"υνβαρ"
キャシーはムレットを唱えて、端の本棚とその右側の本棚の間に空間を開ける。
「この本棚と本棚のスペースに時計回りに風を流して探して」
キャシーはそう言うと、アデューイを見た。
"ποτατε ωινδ ιν ρλοχκωισε διρεχτιον"
アデューイはやっぱり言われるままに風を回す。
その流れや動きを見たアデューイは、
「…違う、ここじゃない」
そう言ってキャシーを見て、反応を待った。
キャシーはその言葉に頷くと、次の本棚を動かすムレットを唱えた。
「同じように、お願い」


それを、何度か続けると。


「あ…?」


明らかにおかしな揺らぎが、それまでとは違う揺らぎが起こるポイントに、すぐに気付いた。
「あそこ…!」
アデューイが指をさして、勢いよくキャシーを振り向くと、キャシーは黙って頷いた。

"βρεακ τηε δοορ οπεν"

アデューイが唱えたのは、この先にある別空間へ行く道を開くムレットだ。
別空間と言っても、実際にはキャシーたちが生きているのと"同じ空間"である。
この世界には存在しない場所ではなくて、どこかに普通にある場所。
『異空間を作りそれを維持する』ということはかなり困難を極めること。シンディが祖母を異空間に、ということが叶わなかったように。
そこで、どこか遠い国のある一室を繋げておき、そのバイパスを魔法で隠すという方法を使えばこのようなことは可能だ。

「…これじゃないか」
アデューイは反応のないムレットにため息をついた。
「前はこのムレットで良かったんだけどな…他にこじ開けるっていうと…」

"υνχλενχη τηισ ηιδδεν δοορ"

キャシーが呟いたムレットは、瞬間、霧をかき消す熱となり、アデューイが顔にものすごい熱気を感じた瞬間に、何かが焦げるような音と臭いがしたと意識した途端。
別空間への入口と思われる魔法陣が、煙とともに空中に現れた。

「わ〜…」
感嘆の声を上げるアデューイ。
「本当に何のムレットでも知ってるんだなぁ」
感心してキャシーを見ると、キャシーは空中の魔法陣を見つめたまま、

「…おかげさまで」

と呟いた。

あの嫌な思い出がぶり返しそうになり、必死で違うことを考える。
これ以上あの時のことを考えたら、ただ自分でつらい思いをするように追い込むだけだ。
「さぁ、いきましょう」
キャシーは右手を魔法陣に近づける。
アデューイも慌てて置いて行かれないように手を挙げた。
「せーの」
アデューイは声をあげると、キャシーもそれに合わせて、二人同時に魔法陣に触れた。


何かが体を駆け抜けるような感覚がして、目を開くと、アデューイとキャシーは縦に広い空間に立っていた。
つまり、天井が異常に高い静かな場所。
その高い高い天井に向かって本棚が高く積まれ、当然その中には本がびっしりつまっている。
音のしない静かな空間。書物の香り。
よく手入れがされているのか、ゴミ1つなく、本にはカビや虫などいないであろうと思われた。

「すごい…」
アデューイはぽかーんと上を見まわす。
これから、この大量の本の中から求めることが書かれた本を探し出そうとする自分たちを思って放心しているのかもしれないが。

"φυμπ υπ, το τηε σκΨ"
キャシーはそんなアデューイを横目に、飛翔の魔法を唱えて上昇。
「キャシーっ」
焦ったアデューイの呼び掛けにちらっと見降ろして。
「さっさと探すわよ。本のタイトルから察して目次見て判断。私はあっちにある1番の棚の上から順に見ていくから、あなたはそれに合わせて」
そう言って宣言通り1番の棚の方へ飛んでいく。

「そ…それに合わせてって…僕は下の方から、ってことだよね」
まったくマイペースなお嬢様だなぁとぼそり呟き、一番大きい番号のふられた棚の方へ、それを探しに向かった。
一体何番まであるんだ、と軽くくらくらしながら。






 
 
 





 

あとがき


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