何か支えがなければ、耐えられなかった。
対人関係だって、魔法についてだって、たくさんたくさん、つらいことはあるだろう。
自分を強く見せたって、どんなに背伸びをしたって、大きすぎる力を内に秘めた子供なのだ。
その支えが、他でもない、たった一人の肉親である祖母に向くことの何がおかしいか。
泣き叫んだ後、目を閉じ。
全てを取り入れたくないとして首を、全身を振っていたシンディが目を開き、動きを止めた。
「──じゃあどうするのがいいと思うのよ」
真っ直ぐにキャシーを見据えてくる。
「教えてよ」
シンディは言った。
ぽとん、と落としたような言葉だったけれど、それは心に染み込み、じりじりと音を立てるようだった。
「あなたなら、何とかなるんじゃないの?"レベル"でしょう?」
シンディは、キャシーを振り返った。
「そうよキャシー、あなたになら超回復魔法とかあるんじゃないの…!」
ユーロパも言った。
パメラも、アデューイも、すがりつくような目をしてキャシーを見る。
「何とかって」
キャシーは戸惑った。
「シンディ…私の持っている回復魔法はしょせん軽い外傷を治すだけのもので、そんな難しい内傷などとても…」
とても、治せるわけがない。
「そんな──嘘よ…私は"レベル"なら治せると信じて──…!」
だから、キャシーを倒して、その"レベル"の力を手に入れたかったのに。
手に入れて、おばあちゃんを治したかったのに…!
"レベル"といったって、こんなものなのか──
「──いいえ、いいえ。そんなわけないわ。私…知ってるのよ」
シンディはかみしめるように、頷きながら呟いた。
…そして、言った。
「あなた──"破壊主"なんでしょう!?」
!!
キャシーは、息をのんだ。
「おばあちゃんの病気も──壊してよ!!」
全身がふるえる。
その言葉は…その異名は。
「シンディ!!」
アデューイが声を荒げた。
シンディがびくっと全身を震わせて黙った。
「…分かっているんだろう、君も。キャシーに当たるなんて駄目だ」
結局はこうして堂々巡りなのだ。
誰に当たったってしょうがないこと、そんなことはもうよくわかっている、けれど。
「キャシーは確かに"レベル"だけど…万能の神でもないんだよ。確かに魔力は高いかもしれないけど、同じ人間で、君よりもずっと年下の女の子だよ?」
静かな叱責だった。
アデューイはうなだれるシンディの肩にぽん、と手を置いた。
そう言うアデューイだって、まだ15歳の少年だ。
シンディとそこまで背の高さも変わらない。
「高い…魔力…?」
突然、アデューイは自分で言った言葉を繰り返した。
は?とキャシーが眉をあげて、横目でアデューイを見た。
「その方法は調べたのかい?…あー、だから!魔法で、おばあさんを治す方法だよ!」
アデューイは慌てて、いや、急いて、喋った。
自分で思いついたことに何かしらの予感があるのか、興奮している。
「勿論調べたわ」
だが、当然シンディはそう返した。アデューイの様子に、訝しげに見ながら。
「魔法の詞だけじゃない、あらゆる方法を、だよ!例えば、君は製薬が得意だろう?魔法の薬で治せるものがあるとか」
「だから当然、薬だって詞だって調べたけれど──…」
それらの方法では、シンディには、不可能だった。
ただそれは、レベルVのシンディには、だ。
「魔法でなんとかなることなら、キャシーがいる」
アデューイが言いたかったのはそこだった。
「な、なんで私が…」
「キャシーは絶対協力してくれる。そうだろ?」
ぐっとキャシーは黙った。
どういう目で見られているのだろう?
私は博愛精神を持った優しい人間じゃないと言っているのに。
「勿論分かっているよ、それは」
にっこり、アデューイは笑った。
キャシーは何も言ってないのに。
「でも、君は、シンディのおばあさんという魔法使いが暴走して、シンディを始めとする多くの魔法使いが危険な目に遭うことを絶対に避けなければならないと思っている。それから、精神的に不安定なシンディが、それを発散する場として学院を選び、ビトレイのようなシンディよりレベルの低い生徒たちが傷つけられることもよく思っていない。これらの懸念事項、不安材料を取り払いたいと思っているはずだ」
全くその通りだった。
キャシーが考えていること、そのままずばりだったが──
それは見ようによっては甘く優しい魔法使いである。
だがキャシーはそちらではなく、ずっと客観的に捉えている。
アデューイのこの言い方は、キャシーがそういう思考であることを知っていて、その上で言葉を選んで言ったように聞こえていた。わざと事務的な単語を選んで。
アデューイは何故そんなことを、知っている…?
「病気を治すような魔法は使えないのかもしれないけど、でも、キャシーには僕らには魔力の限界でできないようなこともできるはず、つまり僕らには使えない魔法が使えるはず!でしょ?」
それは否定できない。
最たるものの例えは、氷の魔法だ。
キャシーの沈黙を肯定と受け取って、アデューイはにっこり笑った。
「ね!キャシーにならできるかもしれない方法を調べ直そう。それは多分普通の魔法書じゃなくて、論文に載ってるんじゃないかな?どこにそういうものがあるかな」
おいおい、話が勝手に進んでいる。
キャシーになら、って。
やるとかまだ何も言ってないだろう。
そもそも、最初にできないって言ったじゃないか。あまりに話が矛盾している。そして話の収束先が見えない。
「論文?なんでまた…まぁあるとすれば、それは中央研究所だよね」
パメラが怪訝な顔でアデューイを見る。
「うん、でも…そ、そこだけはだめだと思う」
"レベル"のキャシーだけが使えるような魔法を探しに来た、となると、とんでもない魔法を使おうとしていることがばれる。 それ以前に、シンディの祖母を隠していたこともばれる。 それは完全に大事だ。
「学院の──図書館はどうかしら」
ぽつん、とユーロパが言った。
皆がバッと彼女を見た。
「あ…いや…だって、あんな立派な図書館。調べものといったら学生の私たちはそこを頼るのが普通かなと」
たはは、と皆からの視線に耐えかねて笑った。
「そんなところ、真っ先に私が調べているわよ」
シンディが言った。
全くだ、とユーロパは冷や汗とともに笑った。
が。
「…あるかもしれないわね」
キャシーは顎もとに手を置いてそう言った。
「へ」
「論文、ってあなた言ったわね。そうね…論文なら…」
キャシーはその先は明確に言わなかった。
敢えて言うのをやめたわけだが、いずれにせよ、調べる価値はあるだろう、とキャシーは頷いて。
「…学院に戻る」
キャシーははっきりとそう言って、すぐにでも飛んで向かおうとした。この部屋には外への扉も、窓もある。
「ま、待って待って」
アデューイは慌ててキャシーを引き止める。
「僕も行くよ」
アデューイが言って近づいてきたのを、鬱陶しそうにキャシーは睨んだ。
「2人で探した方が早いだろう?」
ねっ?と笑顔で覗かれて、キャシーはアデューイから目をそらした。
その意見がもっともだったために、残念ながら、首肯する他なかった。
「それにー、飛んでいくことない。シンディ、学院に送ってもらえる?」
アデューイは振り返って聞いた。
「え…」
キャシーはびっくりして思わず声を上げた。
学院の敷地内は、強力な結界が張られているため、外から魔法陣などで転送魔法を使って入ろうとしても弾かれてしまう。
しかし、送って、とは?
「…キャシーもしかして、毎朝飛んできてるの?」
「…そうだけど」
アデューイが気の毒そうに聞いてきたので、答えづらいと思いつつ、回答する。
「学院内に転送は無理だけど…近くの土地やら道やらには可能だから、皆魔法陣を学院周辺に張っておいて、そこから徒歩で通ってるんだよ」
なに…!
と思わず叫びそうになってぐっとこらえた。
そんな"レベル"を呆れたように見るシンディ、ユーロパ、パメラ…
「え、えっと、そういうわけで、ここから学院周辺に陣道が繋がっているであろうシンディ、僕らを送ってもらえるかな」
アデューイは慌てて、でもキャシーに説明しつつ、シンディに尋ねた。
魔法陣を家の前にはり、学院周辺にまた魔法陣をはると、2つはセットとなり、その2つの間に道ができる。それが陣道である。
シンディはここからそれを通って通っているから、絶対あるはずなのだ。
そんな2人を見て、
「いいわ。じゃあ私も…」
動きかけたシンディを、キャシーは手で制した。
え、と立ち止まったシンディに、
「あなたはここにいて、おばあさんについていて」
そう言った。
「それから…パメラとユーロパと話してるといいよ」
「アデューイ…!」
それを聞いたパメラとユーロパは同時に声を上げた。
彼女たちには、少しお互いのことを話す時間が必要だ。
特にシンディは。
「行きましょう、アデューイ」
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