Magic27. 彼女たちの事情  
 
 




「ああ、この日がいいわね」
日取りはあっさり決まった。
ただ、難点は、アデューイだ、とシンディは言った。
だからパメラもユーロパも走った。アデューイの元へ。


「──キャシーの誕生日?」


アデューイは低層階の図書館にいた。
…低層階といったって、高度的には普通の家の1階や2階にあたる場所に、アデューイはいた。
図書館は地下にも勿論広がっているが、地下だと暗いので、日の光が入るところで本を読んでいたのである。
たくさんの魔法書の中で、魔法書ではなく、普通の小説を読んでいたアデューイだが。
2人が目をきらきらさせながらそう言うのを聞いて、尋ね返した。
「そうなの!」
「さっきキャシーから聞き出したのよ」

時刻は『放課後』というものである。
アデューイは目の前にいるモルモットを眺めた。
自分を探しに来たどっちかの式魔だったのか、この子は。
本を読んでたらいきなりやってきて、そのまま目の前を通過してまたどこかに行ったな、と思ったら、その後、パメラとユーロパを引き連れて来た。
その後は、そのままアデューイの目の前に居座っている。

「…で?」
アデューイは2人の様子を見つめながら聞いた。
「で、サプライズパーティでもしようと思って!」
パメラは胸元で手を握った。
多分かわいいポーズ…なんだろう、けど。

ふんわりとカーテンが風でゆれた。

「…シンディは?」
2人といえばシンディもセットだ。アデューイは静かに聞いた。
周囲に人がいないとはいえここは図書館だから。
しかし──
それどころではない理由で、アデューイは真実を見極めたくて、静かに聞いていた。
シンディはともかく、この2人なら多分…

「シンディは、キャシーをどうにか引き止めてるわ。その間にあたしたちはパーティの準備をしなきゃ!とね」
「それでアデューイなら手伝ってくれると思って探したのよ」
ユーロパが手を差し伸べると、モルモットは嬉しそうにその手をのぼって肩に落ち着いた。

「…手伝ってもいいよ」

アデューイのその言葉に、2人の顔がぱっと明るく…


「──それが本当なら」


固まった。

「そんな意味不明な嘘なんかついて、どうしてそこまでシンディに加担するんだ?」
「嘘なんかじゃ」
パメラが返そうとするのを、アデューイは睨んだ。
「じゃあ誕生日ってどの誕生日だい?」
アデューイの質問に、パメラはぐっと黙った。

魔法使いたちの誕生日は2つある。
生まれた日──この世に生まれ出た日と、魔法使いとして目覚めた日。
人によっては長に水晶を授けられて、レベルを知った日をそうすることもある。
パメラたちのいう『キャシーの誕生日』はどちらなのか──

「そ…それは、"レベルZ"になった日よ!」
パメラは人差し指をたてて言う。
しかしその様子に、アデューイは冷たく言い放った。

「嘘だよ」


「ど、どうしてそんなこと」
「キャシーが"レベルZ"になった日なら──時期が違う」
「な、なんでそんなこと知ってるのよっ!」
アデューイは一瞬微妙な顔になったが、その表情を、パメラもユーロパも見逃した。
「それは──…、だって大ニュースになっただろ?」
確かにその通りだ。
言われてみればそういえば時期が違う。
「ま、間違えた、生まれた日の方──」

「パメラ」

なおも頑張ろうとするパメラを、ユーロパは制した。

「…私たちにできるのはここまでよ…」

静かなその言葉に、パメラは俯いた。

「…どうしてそんなにも、シンディに加担するのかい?」
もう一度聞くけど、と前置きして、アデューイは今度は優しく聞いた。

「シンディが大好きだからよ」

ユーロパはまっすぐ前を見て答えた。
その目に嘘はない。

「あたしたちだけじゃない、少なくとも、あたしたちの近くにいた人は皆、シンディが大好きよっ!」
パメラは叫ぶ。
ユーロパも、パメラの言葉に強く頷いた。

パメラの言葉に、彼女たちだけが知る過去が、アデューイの知らない彼女たちだけの過去があることが垣間見えた。
アデューイはそれを知りたくて、2人にそれを話すように促した。
2人は目を合わせて、…同意した。

「あのね──パメラと私は同郷なの。…その地域ではね、親や祖父母が子や孫に"レベル分け"をする風習があったの」

ユーロパは視線を落とした。

「"レベル分け"…?」
アデューイは2人を見上げると、そう聞いた。

「そろそろいいか、という時期になると、例えば親が子にわざと倒されて、そのレベルを渡すというものよ」

なんという風習──…
アデューイは目を見開いた。

確かに、親の方がレベルが高いことの方が多いだろう、子供が小さければ。
しかしそれを自分が無理やり負けることで受け継がせていくとは…
「そうまでして…」
「私たちの一族は、そうやって、学者たち…元老院に加わることで、ずっとずっとこの郷で生きてきた」
超級を保ち、この郷を動かす『学者』となって、政治にかかわりたいと願う一族ということだ。
そのために高いレベルを世襲する。

「それを当然だと思って生きてきた。私たちの周りでは皆そうしていたから。ただ、私は祖父が、パメラはおばあさんが病気になって、そしてレベルを受け継いだから、通常より早く随分と高いレベルになってしまったの。その結果、そういう風習のない人たちからは異様な目で見られた」

それはそうだろう。
ただでさえ幼い子供が超級なら敬遠されるというのに、昨日まで低いレベルだった子供が、今日からいきなり超級になったら、何かよからぬ気配は感じるだろう。

「一晩で今と同じ、レベルUを受け継いだのよね。──それで、私は近くの学校に居るわけにもいかなくなって、色々な学校を転々とした。パメラとはその途中で出会ったの」
同じ風習のあるパメラとはお互いの存在が、同じ辛苦を体験してきた同士として、安心できるものだった。

「その後また何度か転校して──そして転入した学校にシンディがいた」

シンディは生まれつき比較的レベルが高かった。
聞けば、彼女の祖母も父もレベルが高いらしい。といってもそれでも段々下がっては来ているらしいが。
当時のシンディはレベルMだった。

「ねえ、どうしてあなたたちはそんなにレベルが高いの?」

ある日突然、そう聞かれた。
パメラもユーロパも、お互いがいたけれど、お互い以外に話しかけられることはなかったから、物怖じしないシンディに驚いた。
そして、必死のいいわけのように、2人は風習のことを話した。
奨励されているわけではないが、決してそれが禁止されているわけでもないから、別に悪いことではないはずなのだけれど、あまり周囲に良く思われない風習のことを。
誰も聞いてくれなかったから、自分のレベルがこうも高い理由を誰にも言えなかったから。
ただ、必死で喋っても、やっぱり良く思われない結果に終わるであろうと2人は正直思っていた。

ところが。
シンディは全て聞き終わる頃には、既に、目が輝いていたのである。

「いいじゃない、素敵じゃない!!」

開口一番、そう言ったのである。

「高いレベルの者は重い責任を負うことになるけど、それを進んで受けて、この郷の魔法使いのためにつくそうって言うんでしょ?あなたたちのご先祖はずっと、そうしてきたんでしょ?」
「う…うん」
「──教育か、この郷の法律の仕組みが悪いのか分からないけれど。負の魔法使いが増えてきてる。私は将来この郷の政治に関わって、それを改善したいと思ってるの!せっかくそこそこ強いレベルに生まれてきたんだしね。だからね、レベルが高くて、そういう意識が高い人って素晴らしいと思うわ!」


──―すごいのはシンディだ、そうただ思った。


歴代レベルを引き継いで、運が良ければ1つくらい上がることはあっても、下げることだけはとにかく許されないような状態で。
12歳になったら超級学院に入学して、18歳になったら卒業して、各地方で自治の任に就いたり、この魔法使いの郷を出て、普通の人間ばかりがいる国へ出て、負の魔法使いの討伐部隊現地員になったりして、そのままいずれは学者になって──
と、先々のレールが決まっているような、パメラとユーロパにとってはそんな人生だろうと、思っていたのに。
シンディは自らの意志で、将来は学者になって、元老院に入ると。そしてこの郷を変えていくと言ったのだ。


「とにかく惹かれた。実際シンディは他のもっとレベルのずっと低い子たちの間でもすごく人気があったのよ。あたしは…シンディにこのレベルをあげてもいい、と思ったほどだけど、シンディはそんなことは許されないと断固拒否して。自分の力で色んな人と対決してレベルを上げて行った」

パメラはそっと自分の胸元にある水晶を触った。
レベルを示す水晶。

「だけど…ここ数年、シンディはレベルをあげるのに必死で──将来のためというよりは、高いレベルになって大きな力を手に入れること、それに夢中になっているように見えて。やがてどんな手を使ってでも、というようになって…」

2年前、この超級学院に入学してきたレベルVの男の子。
当日レベルTだったシンディは、どういう手を使ったのかはわからないが、あまりよからぬであろう方法で、そのレベルを奪った。
その子はショックだったせいか、その後、退学して違う地方の自治会へと去った──
これはアデューイも知っている。

「何か…焦ってる。それが一番近い表現だと思う」

ユーロパは言った。

「前は漠然と…だったけど、キャシーが来てから加速した。どうしても、…"レベルZ"の力を手に入れたいからだと思う」
「どうしても…」
"Z"にならなくても、今のシンディのレベルであるVであれば、既に十分学者となれる身だし、レベルに比例しがちな元老院での発言権だって大きいはずである。
これ以上、彼女は何を望むのか。

ずっと泣きそうな顔をして俯いていたパメラは、勢いよくアデューイを見上げた。


「──シンディは、25階の自習室にいる」


アデューイもユーロパも、はっとした。

「シンディは…そこにキャシーを誘導してるはず」
「どうして…」
急にそんなことを言いだしたのか、とアデューイは驚いてパメラを見る。

「元に戻ってほしいだけなの」

パメラはそう言った。
ユーロパもその言葉に頷いた。
2人とも、シンディに対する思いは同じなのだろう。

「キャシーと対決して、気付いてくれればいいの、敵わないってことを」

そして"Z"になる道を諦めて、また昔のように、夢を追いかけるシンディに戻ってくれたら。

「え…でも君たちは…」
アデューイは2人を見比べた。

「私たちはシンディがキャシーに勝てるとは思ってないのよ」

ユーロパは言った。

「あの実技授業の時、あの模範試合中、皆の目はシンディとビトレイにむいていたとはいえ、気付かれずに力の付与も魔法隠しもやってのけたわけでしょう?」
格が違いすぎる、ともらした。

「力の付与…について、実はここで調べてたんだ」
アデューイはちょっと情けなさそうに笑った。
図書館にいたのは、そのためだったのか、と思うと、アデューイは1冊の魔法書を今まで開き読んでいた本の下から出して見せた。
つまり手元の普通の小説はまさしくカムフラージュ。
「力の付与について、そんなことも知らないの?って思われるの恥ずかしくて」
眉を下げて笑うアデューイは、ふと表情を戻して、2人に知っているかを聞いた。
パメラもユーロパも、詳細は知らないと首を振った。
それを見てアデューイは黙って頷き、ぽん、と魔法書を机に再び置くと、

「力の付与──それは、自分の魔力をわけ与える方法なんだよ」

そう言って、2人にその言葉が行き渡るのを待って、続けた。

つまり──

「他者に魔力をわけ与えてもなお、自分のレベルを保てるくらいに強い魔法使いでなければ使うのは命を削ることなんだ」


沈黙が広がる。


レベルUの教師に、レベルVを超える力を付与して、さらに魔法隠しという高度な魔法を使い、それでいてピンピンしていたキャシーの姿…。

カタン、とアデューイは立ち上がった。
そういえば2人の嘘に対して、アデューイは座ったままだったことにユーロパは気付いた。

「…行くの?」

パメラは聞いた。

「うん。レベルが高いとか力が大きいとか…そういうのだけで、キャシーを見てないから。心配なんだ」

不思議な言い方。

「…」
「…」
ユーロパもパメラも微妙な顔でお互いを見て、くるっとアデューイに向き直ると。


「好きなの?」


実に直球で聞いた。

アデューイはびっくりして、顔を赤らめながら「違う違う!」と両手を高速で振った。
「そういうんじゃないよ。──僕にとっては…」
キャシーという存在は…。

「…どんなにキャシーが強い魔法使いって言ったって、腕力や体力では男どころかシンディにだってかなわない、13歳の女の子だよ」

シンディは17歳。
来年ともなれば、この学院を卒業するほどだ。しかもシンディは体力もつけるためにかなりのトレーニングをしている。しかしキャシーは見た目も、体格を見ても、年相応でまだまだ幼い。

パメラは言った。
「でもあたしは…シンディの方が心配…力が大きすぎるキャシーに、倒されてないか──」

「そんなわけないだろ!!」

図書館にはおよそ似つかわしくない程の大声をあげて、アデューイはパメラを睨んだ。

「キャシーがそんなことするわけがないだろう!自分の大きすぎる力を誰よりも恐れているのはキャシー自身だ!」

パメラが言わんとしたことは、強大な力を持つキャシーが、力の加減を知らずに、あるいはできずに、シンディをあやめてしまうということである。
アデューイにはわかっていた。
間違っても、誰かを傷つけることのないように、──誰かをあやめることのないように、キャシーはあんなにも強いイラセスカをしていることを。
どんなにか、つらいだろう。体に負担を強いているのだから。

「──行くよ」
アデューイは出口の方に足を向けた。
「…あたしたちは行けないよ」
ともに行こうと誘導するようなアデューイの仕草を見て、パメラは言った。

「シンディを、裏切ってしまったから」

居場所を教えてしまったから──

「パメラ…」
アデューイは2人を見た。
「行くなら、見届けてきて」
ユーロパとパメラは、アデューイに向かって一歩踏み出した。

「シンディに何があったのか、私たちには分からない。ただ、もし、何か原因があるなら、キャシーにそれがはらえるかな」
ユーロパはぽつん、と言った。

「例えば変な魔法を掛けられているとか、そういうのならキャシーに取り払ってもらえるよね!?」
パメラは泣きそうな顔で、アデューイにすがりついた。

シンディに何があったのか、2人が知らないのに、アデューイが当然、知るはずもない。
2人からシンディの人柄を聞くまでは、今まで見ていた姿が真実だとすら思っていた。
しかし、将来元老院で強い発言権を得るためにも、レベルを上げたい、強くなりたいと願うのはかわらないとしても、『焦っている』というのは何かズレがある。
ユーロパたちが抱いているまさにそれが違和感。

「…行こうよ」

アデューイは2人に、笑顔で言った。

「え…?」

「シンディのところに一緒に行って、理由を聞くんだ。そして僕に言ったみたいに、ちゃんと思いを伝えるんだよ、大好きな友達なんだろ?言いなりになって動くからこんな事態になっているんじゃないか!」

アデューイはそう言って走りだした。
走るのが一番早い。


迷った2人だったが、パメラはすぐに後を追った。
ユーロパはさらに迷って、肩にいるモルモットを机に下ろして仕事を命じると、アデューイとパメラの後を追った。

…残されたモルモットは必死で命令通り、アデューイの置きっぱなしにした本をどうにか片付けようとして、本の前でもがいていた。





 
 
 





 

あとがき


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