Magic25. 鍛冶師  
 
 




静かな森の中を歩くこと数十分。
ふっと開けた場所にぽつんとあるのが、絵本から飛び出したかのようなかわいい小屋。
住民に似合わぬかわいい小屋。
いや、ある意味間違いない人材がここに居るわけだが…
昔何かの本で読んだお菓子の家のイメージはまさにこんな感じだった、とキャシーは思った。
来るのは何度目だったか分からないけれど、何点かに目をつぶれば、ここは少し休まる場所だった。

扉をノックして、反応を待つ。
「はぁい?」
中からした声に、ああここに来たのだ、と実感がわいた。

「どなた?──やだぁ〜!!キャシーっ!!!」

そっと開いた扉から覗いた顔に、その目とあった瞬間、勢いよく抱きつかれた。

「…久し振り…、ちょっと力緩めてテネシー…」
「きゃ〜ごめんなさいっ、嬉しくて。さ、さ、入ってっ」

くるりと踵を返したテネシーは、おしりをぷりぷり、先導した。


…テネシーは、こういう人だ。
ムキムキの筋肉を持ち、正直体毛も濃い。
濃いけど…話し方は単なるオネエだ。
単なるっていうか、本人その気かもしれないけど…その辺はキャシーとしては触れないように…

「よく来たわねえ。その様子だとこの森の入口から歩いて来たのね」
と、土で汚れたキャシーの足元を見て、

「あら、それにしても…そのブーツ飾り、早くとっちゃいなさい。壊れてるわよ。壊れたイラセスカなんてつけてたら害多くて一利もなしよ?知らなかったの?」

え、と思った。

「それを直しにきたの?それなら取ってからいらっしゃい」
テネシーはキャシーがブーツ飾りを見下ろして立ち尽くしている間にさっさとキャシーの前にかがんで、太くてごつごつした指でそれをとった。

「…あら…なんか変な壊れ方してるわね」
そう呟いたが…

「まぁ大丈夫よ、アタシの手に掛かればこのくらいすぐよ〜」


──そう。
テネシーは、唯一認められた出力制限アクセサリー(イラセスカ)鍛冶師。
そして特例でこの郷にいることを認められている『テラ』──つまり、魔法使いではない普通の人間である。

「ちゃちゃっとするから、そこに座っててね。…あらやだぁ〜お茶菓子きれてるわ〜!」
キャシーはさっきからされるがまま。
口を挟む余地がない。
「美味しい特製のハーブティをいれるわねっ」
嬉しそうにぷりぷりと台所に向かう。
「あぁでも待ってね、先に1杯だけ水飲ませて、今日はずっと働き通しなのよ〜」

「…テネシー」

キャシーはやっと、口を開いた。…開けた。
テネシーが水を飲む間を見計らって…

「それが壊れてるなんて知らなかったわ…本当は違って、髪留めとチョーカーを直して貰いに来たの。あといくつか質問もあるんだけど…」

キャシーは持っていた袋に手を入れた。
テネシーは『テラ』だ。
彼…の前では魔法は使わない。
そして袋からチョーカーと髪留めを出し、机の上に置いた。
白い可愛いテーブルクロスがかかった机。
お客様のお茶用の机だが、その方がしっかりテネシーが見てくれると思ったから。

「まっ…!」

見るなり、いい反応が返ってきた。
髪留めはまぁピンみたいなものだから弱いのはともかくとして、太く強いチョーカーの有様には驚いたらしい。
当然だ。しっかりとヒビが入っているのだから。
「一体どうしたの?!ブーツ飾りといい…何があったの?」
やかんを火にかけて、テネシーは立ったままのキャシーをそっと椅子に座らせた。

「さぁ話してみて?」


      

「それじゃ、2つのそのすごそうな魔法を同時に使おうとして、壊れたの?…素敵!」

話を聞き終わるなり、目からハートが飛び出そうな勢いでくねくねとそう言った。
勿論、指はしっかりと胸元で組まれている。
『すごそうな2つの魔法』、それは魔法隠しと力の付与をさしている。
詳細は魔法使いだけわかっていればいいので、そんな反応で十分だ。
ただ。
「…力の付与の魔法を使ったこと、私が長に自分で言うから、先に言ったりしないでよ」
これは言っておかなければ。

「…ええ、それは構わないけど…使っちゃいけない魔法なの?」
そりゃそう聞くわよね、と思い。
「いいえ。──正しい使い方をしていれば」
と答えた。

正しい使い方だったと思ってはいるけれど、長がどうとるかは分からない。
キャシーの知らないところで言われて、後で長が哀しむよりは、ちゃんと自分で言うつもりだった。

「正しいんじゃないの?その子、助かったんでしょ?」
テネシーはそう言ってキャシーを覗き込んだ。
その心配そうな顔に曖昧に笑って、そうかもね、と言った。

「なぁにー、大丈夫よ!アタシは『シー同盟』として、キャシーの味方よ?長ったってオジイチャンじゃない!腕力は絶対アタシの勝ちなんだから!」
ぐっと作ったあまりにも力強いコチコチの力こぶを見て、キャシーはふっと笑った。
『シー同盟』も懐かしい話だと思った。
初めて出会った時、キャシーの名前を聞いたテネシーは、「アタシも最後シーなの!」と言って勝手に『シー同盟』とか言いだしたんだった。


「で、ご質問はイラセスカが壊れることはあるの?ということでいいかしら」

懐かしい出会いを思い出していると、急にまじめな様子でテネシーは向き直ってきた。
いちいち急な話題転換に面食らっていたらやってられないし、テネシーに直に会いに来る時点である程度の覚悟はしていたから…。
本当は別に、直に来ないでも、イラセスカを送るのでもよかったのだが。
"レベルZ"になってから、長が父親がわりだとすれば、テネシーが母…親みたいなものだった。
ここは、そういう場だった。

キャシーは頷いて、
「無理な力を出そうとしたら壊れたの。過剰負荷に耐えられなかったんだと思うけど、本来イラセスカはそれを防止する意味もあるはずじゃないの?」

強い魔法使いの魔法の暴走や暴発を抑えるために。

「…ええ、そうね。本来ならね…」
テネシーは言い淀んだが、キャシーに対してそれは無用と判断し、きちんと説明しようと向きなおった。

「──イラセスカには問題もあって。普段魔力をイラセスカで抑え込んでいるでしょ?その抑えている分がどこかに貯めこまれていて、強引に魔力を使おうと魔法を願った時に、強力なはずのタガが外れて、貯めこまれていた魔力が瞬間的に、爆発的に、出てきて。場合によっては信じられないほどの大きな力を出せる可能性があるのよ。アナタは特に"レベルZ"だし…そうなるとイラセスカなどものともしないのかも」

だからイラセスカは壊れてしまった。
キャシーがあまりに大きな力を願い、大きな力を呼び込んだ。
イラセスカが抑え込むには負荷をかけすぎたのだ。
普段抑え込んでいる分もあまりに大きい。

「でもそんなこと滅多にないはずだわ。不安なら、アタシの改良品を待って。 もっとしっかりしたのを作るから、今日はこれを預からせてちょうだい。その代わり別のを貸すわ」
ピンはほとんど粉々だったので、いくつか作り置きしてあった新しい物をもらい、チョーカーも重傷なので直るまでは、と大きなブローチを借りることになった。


      


借り物のイラセスカをいそいそとつけようとするキャシーを見て、テネシーは少し聞きづらそうに、ゆっくりと言った。
「何故アナタはそうまでしてイラセスカをしてS状態を守るの?」

キャシーはテネシーのことをちらっと見て、
「イラセスカの着脱時に体にかかる負担の大きさを考えて!一度つけたら外したくないわ」
と言った。
イラセスカをつける必要のないテネシーだが、イラセスカ鍛冶師なのだから、よく知っているはずなのだ。
「じゃあ、つけなければいいじゃないの」
「そうもいかないでしょ」
確かに日常生活を考えるとそうもいかない、それはテネシーにもよく分かっているはずだった。
「確かに普通の場所の出入りには必要だけど。中央研究所や学校は超級の人間しかいないのだから、イラセスカをする必要は──」
じっと、キャシーの目を見つめ、

「…レベルS以上しかいない学校で、最低ランクのSを保つのは危険すぎるわ」

と言った。

──それでいいのだ、キャシーは思った。
狙いやすい標的と自らなることで、ふるいにかけるつもりだった。
"Z"を狙う人間と、恐れる人間とをわけるふるいに。

おそらくレベルが高ければ高いほど狙ってくるとは思うが、UとかVとかであればキャシーが"Z"状態でないことに気付くだろう。
イラセスカ着用推奨レベルはV以上だから。
"Z"状態ではないキャシーに負けるUやVを見れば自分を恐れる人間が増し、そしてその周りの"Z"を狙う人間が諦めるのではないか…
というふるいである。

テネシーの言い分はどう考えてももっともである。
長も、学者たちは皆同じことを心配し、せめてUやV程度までイラセスカを外すように言って来たのだが。
ただ言い続けた、ふるいにかける、と。

しかし、ふるいにかけるつもり──それは、表向きの理由である。


「テネシーは…私と初めて会った時、私から何かを感じた?」

あの人たちの影がちらつく。
異様なオーラを放つ私を見て、彼らは恐れてあとずさった…
彼らは魔法が使えない普通の人間・テラだったのに。
それなのに感じたのだ──キャシーから放たれる異常な波動を。

「何かってキャシー」
テネシーはきょとんとして言った。

「初対面のアタシを感じ悪く睨み付けてた気の強そうなガキ…みたいな?」

「ちょ…」
思わずキャシーは言った。

「あはは、まぁ本当よ本当、でもあれね、あの時よりずっとましな顔はしてるかも」
『まし』程度か、と思いながらキャシーはため息をついた。


魔法使いなら感じるであろうキャシーの持つ大きすぎる力。
レベルYの長ですら、全解放状態のキャシーに膝をついてしまうほど。
だが、魔法使いではない普通の人間『テラ』であれば、そんなものは感じないはずだから、普通は全く持って問題ないことであるはずなのに。
それなのにキャシーには反応した。
"レベルZ"の波動を感じ取った。

その結果見せる表情が”あれ”──

魔法使いにせよ、『テラ』にせよ。
あんな顔を見るくらいなら。向けられるくらいなら。

イラセスカは外せない。


      


キャシーはその後、せっかく足を運んでもらったから、とその他の仕事を全部無視して一番に優先して、ブーツ飾りを修理してもらった。
それもそれで申し訳なかったが、テネシーはいいのよ〜と笑ってやってくれた。

「それにしても忙しそうね」

キャシーは去り際、向こうに見える鍛冶場に散らばるイラセスカの原石や、設計図などを見やって言った。

「そうなの〜昨日新規の注文が急ぎで入ったのよ」

鍛冶師・テネシーの仕事は、古いイラセスカの修繕、修理が主だが、新しいイラセスカをつくることも当然している。
とはいえ、
「珍しいのね」
大抵は一度持ったイラセスカを超級の魔法使いがなおしたり、改良してもらったりするので新規のイラセスカを注文したりするようなことはあまりない。
あるなら、超級の魔法使いが誕生した時くらいだ。

「確か依頼主はかなり若い子で──…あらっ?」
テネシーは開いた両手を胸のところで合わせ、ななめに傾けながらこちらを振り向いた。

「その子、キャシーと同じ学校じゃなかったかしら」
「!」

イラセスカは強力な魔力を抑えるためのもの、逆にいえばレベルの低い者が持つことは危険なため、実は禁止されているのだ。
つまりキャシーと同じ学校でイラセスカ所持の許可がおりているのは──

「それ…シンディ?」


      


キャシーが去っていくのを笑顔で見送り、テネシーは部屋に戻ってきた。
そのまままっすぐに鍛冶場に向かい、置いてあったキャシーのチョーカーを手に取った。

「…そうよね…、あの子と最初に会った日から、もう3年近くなる…」

人間としてもだが、魔法使いとしても成長期にあるキャシー。
当時の魔力に合わせて作ったイラセスカが、もたないなんてこと、やはりあり得たのだ──

「キャシーごめんね、長には報告しなくちゃ」

そっと呟いて、身支度を始めた。


でもこれだけは。

──力の付与は正しかったと思う。
──長は怒らないわよ。






 
 
 





 

あとがき


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