Magic22. 嵐の前の     
 
 




キャシーが入学して、既に1ヶ月が経とうとしていた。
授業の方は、地味な座学も、体力をつけるための体育の授業も、製薬のような実際に魔法を使う授業も、全て何事もなく過ごしていた。
中でも実技の戦闘授業は問題がなかった。
…何故なら、初回以来、まだ授業に呼ばれていなかったからである。

しばらく見学で、ということが決定したが、学校側としても、参加させるならいつかは実際に戦わせなければならないと思っていた。
だが、やはりそれはまだ長から許可が下りないし、一体誰を当てるかというのも問題である。

でもそんなことより。

キャシーには1つ、憂鬱なことがあった。


…なんで毎日、
 このメンバー?


「あ、ごめんシンディ」
「ひどい、アデューイ!ジュースかかったあ!」

どちらかというと、陰湿なイジメ──陰口や無視、はぶられるなどの方が慣れていたのだが。
それはもう、故郷で嫌というほど体験したし、
だからここでも同じことになるだろうということは十分予見できて、そのつもりだった。
もともと誰とも慣れ合うつもりはなかったから、それで良かったのだが──…

「シンディ早くっ、このハンカチ使って!」
パメラが慌ててシンディのスカートの上にハンカチをのせる。
「違うよパメラ、1回洗わないとっ!僕が水を出すからそれで──」
「きゃーやめてアデューイっ!!余計なことしないでっ!!」

…何でこんなにも賑やかな昼食タイムになっているのだろう。

「って、えっ?キャシーは?」

4人が慌てて振り向いた時には、キャシーの姿はそれまでいたはずの、中庭のベンチになく。
キャシーはさっさと、その場を後にしていた。

毎日昼になると、アデューイとシンディが競うようにしてキャシーをランチに誘いに来る。
シンディが来るから、その腰巾着の2名・パメラとユーロパもついてくる。
そういうの、いらない。

      



キャシーは人前でほとんど魔法を使わなかった。
使うとすれば、授業で魔法を使って何かをする、実習タイプの時だけ。
それらに対して、特に失敗もしないが目を見張るようなモノもなく、『さすが"レベルZ"』というような賞賛や──もともと賞賛はなかっただろうが──恐れや妬みも表立って現れていない。
ただ「ムカつく」という対キャシー感情みたいなのは見えるようになっていた。

その「ムカつく」は何から起因しているかと考えると、『力を持っているくせに使わない』そこに終着する。
そんな些細なこと、と思うが。
他の生徒からすると、「あのシンディでさえ、模範試合と称してレベルが下の子と戦い、その戦っている様子や呪文などを見せているのに」と、そういうことらしい。
それなのにキャシーは自分たちに"レベルZ"の技を見せようとしない。
自分たちの方がずっとレベルが下だから、"レベルZ"が使うような魔法が使えるわけないでしょう、と言われているような感覚がするらしい。

残念ながら、出力制限アクセサリー(イラセスカ)をしている限り、キャシーの方がずっとレベルは下なので、何も参考にされるようなことはない…と思うが。
別にそんな言い訳するつもりは皆無だが。

しかし何故『全部そう見える』にとどまっているかというと、アデューイのせいだ。
おかげ、とは別に言わない。
アデューイはクラスの人気者であり、そんな彼がキャシーにずっとついているので、キャシーに聞こえるように言うと、そばに居るアデューイにも聞こえるので言ってないようだ。
だが、そうはいっても、人の感情がオーラの色で見えるキャシーにはどうしようもなくよく分かっていたわけだが。


      

そんな毎日が過ぎた。
たまに学者たちに呼ばれて中央研究所に行って、魔法の鍛錬をさせられたりするくらいで、あとは生徒たちから反感を買うくらい。
アデューイもシンディも競うようにしてお昼を共にしたがるのも変わらず、鬱陶しい、と4人が自分を見ていない隙に逃げるのもいつものことだった。


ある日、久々に──

「キャシー」

名を、呼ばれた。
教師に、終礼中。
一体何故呼ばれたかと言えば、明日の実技授業を受ける生徒一同が呼ばれていたためである。
つまり、久々にあの実技戦闘授業に出られるというわけだ。

とはいえ絶対見学が暗黙の了解だった。
長が許可を出すわけがない。
それには、皆が考えるように、他の生徒の無事の保障だとか結界が持つかどうかの保障だとか、そういうこともあるのだろう。

だが…長の考えは、おそらく。


「…はい」
呼ばれたキャシーは返事をした。

教師は全員を呼び終わった後、もし出られない事情がある人がいれば、魔法紙を配るから、放課後来るようにと呼びかけ、今日1日が終わった。

どうせ見学だけだと分かっていても、学校側としても、ずっとキャシーが授業に出ないというわけにはいかないということなのであろう。
最強の魔法使いがどんな魔法を編み出すのか。
編み出した魔法が暴走したとき、一体誰がそれをとめられるというのか。
そして、どんな戦い方をするのか──。
恐らく、彼らは知っている。
生徒は知らないのかもしれないが、キャシーを生徒として預かることになった学校の教師であれば、保護者たる長から聞いたかもしれない。

キャシーの『二つ名』である『破壊主(ウシアカー)』という言葉を──。



ただ──
実際に試合が組まれることを最も恐れているのは、キャシー本人であること。
それは…


「キャシー、聞いたわ。あなたも明日、実技授業あるのね」

いきなり聞こえた声に振り向くと、夕陽が差し込む廊下、シンディが、足に長い影をつけてこちらを見ていた。
夕焼けが右半身にあたり、笑った表情が綺麗に映し出されていた。
オーラが太陽と重なり、夕焼けの美しい赤さに、キャシーへの思いを表すどす黒いオーラが印象的に輝いていた。

「…ということはあなたもなの」
その言葉に、シンディはにやっと笑ってキャシーを見た。
「あたしはかなりの高確率で、実技授業に出ては模範試合をさせられてるのよ」
シンディのその声には、思いがけず、不思議な色が入っていた。
好戦的にしか思えないはずが、…どういうことなんだろう。
「じゃあまた明日ね」
去っていくシンディの後ろ姿を、不思議とそんなに悪い予感ではないにしろ、何がしかの胸騒ぎを感じながら見送った。



      


翌日、実技戦闘授業。
いつものようにバラバラと、皆が集まっていた。
キャシーの登場に皆、おや、という顔をしてちらりと見る。すぐ目をそらす。
どうせ、「来たけど戦わないんでしょ」という目線だ。

すっかりそれが波及したものね、と心の中で首をすくめて、ふっと笑う───
途端、すさまじい殺気を放ちながら見てくる視線を感じた。
その視線に振り向くと、入口にシンディの姿が見えた。
いつも見せる表情ではない。
目が、殺気を放っている。
──キャシーへの。

シンディはそのまま真っ直ぐ入って、キャシーの方へ向かって歩いてきた。
後ろにはユーロパがいるが、彼女の顔には困惑の表情が浮かんでいるのが見えた。

ふ…と、ホールが静かになった。それは、シンディたちに遅れること数秒で入ってきた教師のせいではないだろう。
何故なら、ホールの中にいた生徒全員の目は、シンディとキャシーにむいていたから。

「…おはよう、シンディ」
キャシーは自分から挨拶した。
シンディは明らかに様子がおかしい。
それは誰しもが十分わかっているのに、敢えて挨拶というのどかなことをして、彼女の神経を逆撫でした。
早くこんな状態に彼女がなっている理由を吐かせるためである。

キャシーの狙い通り、シンディは挨拶を無視し、キャシーに言いたい言葉を言った。
だが、それはキャシーが思っていたのとは違う内容だった。
シンディの、言葉は。



「とりなさいよ、イラセスカを──」






 
 
 





 

あとがき


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