Magic9. 禍々しい闘志  
 
 




無事に教員の元へと辿り着いたキャシーは、担任だと名乗る先生に連れられて、教室へ向かった。入口が165階に対し、教室は170階にあるという。
途中様々な学校に関する諸注意を受けたが、正直ここで生活してみないと分からないと思う。
生徒は今のところ46人で、キャシーで47人目。
クラスは2つで、ほとんどの授業は1クラスごと全員で受けるが、レベル別に分けられて行われる授業もあったりするそうだ。その時は2クラス合同で振り分けられる。

生徒の中で、最も強いのはレベルV。
教員たちの中でも一番強くてレベルWだと、確か試験の時にナゲメが言っていたから、教員より強い生徒が普通に居るのだろう。
やりづらいだろうな、とキャシーは思ったが、そんなVだのWだのを超越する"レベルZ"が考えることではなかった、と自らを笑って打ち消した。

「教室はここよ、覚えておいてね」
担任が扉を開けると、中で楽しそうに騒いでいた生徒たちは、水を打ったように静かになった。
その突然の静寂には恐怖すら感じるほど、不気味なものだった。
――"レベルZ"の人間が来ることは、もう彼らに十分よく伝わっているのだろう。

「ハイハーイみなさーん!」
担任はそんな空気を察していないのか、テンション高く、キャシーを強引に教卓の前に押し出した。そして、
「転入生の紹介ですよー!」
と言うと。
「さ、キャシー」
と小声で言って来たので、渋々名乗ることにした。
「キャシリーマキア・リグーン・オュチです…」
すると近くにいた極わずかの人だけが、キャシーが消え入る声で"オュチ"と言ったのを聞きとれたらしく、その意図を汲み取ってハッとしていた。
どうせ自分でつけたんだろう、そう思われるに決まっているが、もうどう思われようとどうでもよかった。

――"オュチ"という名前は魔法使い──"レベルZ"になってから学者たちの長にもらった…キャシーとしては強引に押し付けられた…ものだ。
"強い"という意味の魔術語らしいが、実に鬱陶しい。
名前に魔術語が入るなど聞いたことがない。
だが、それは全て自分が"レベルZ"だからなのだ。


「どうして入れるの?」
――"レベルZ"になって間もない頃、名前をくれた長にキャシーは尋ねたことがある。
「保身だよ」
「ほしん?」
「身を守るためじゃ」
分からなかった。
名前に魔術語を入れることが何故保身になるのか。
なるならば、皆入れればいいではないかと思った。
「キャシーにしか名乗れないからじゃよ」
長は優しく微笑んでキャシーの頭を撫でる。
目尻にたくさん皺が寄って、長い長い白い髭が口の動きに合わせて動く。
「…もし、キャシーに呪いをかけようと思う輩がいたとする。呪いをかけるためには名が必要で、名に呪いをかけること、最もそれが平易で強力にかかるのじゃ。それでキャシーの名が重要になってくる。名の中に魔術語で"強い"という意味が含まれていたらどうじゃ」
「はねかえされる…」
反射的にそう答えたものの、キャシーはことの大きさに気付いて身震いしたのを覚えている。それも、全身から血の気が引くのも一緒で。


呪いの魔法をかけようと呪詛を唱えたとする。
その言葉は当然魔術語、つまり魔法の詞(ムレット)であるが、そこに"強い"という意味合いの言葉が含まれていた場合、
キャシーより"強い"者の呪いであれば、そのまま呪いが完成するが。
キャシーより力の弱い者が口にした時、キャシーの方が"強い"ので、それは呪い返される。
そして"レベルZ"のキャシーより強い者などいないのだ。
つまり名前に入れることで自動的にそれは呪い返しになる。

しかしキャシーは思うのだ、(名前からして呪われている)と。
"レベルZ"に蝕まれ呪われたこの体――…


     

言われた席について、とりあえず教室をゆっくり見渡した。
指示された机は教室の一番後ろで、あつらえたように一人席。
いや、どう考えてもあつらえたものだろう。
皆キャシーと目が合うとすっと逸らすが、それはまさに彼女を見ていた証拠でもあった。
その目には恐怖の灯を持って。
或いは体から敵意を示す赤いオーラを放って。

しかし眺めてみると、意外にも恐怖の念を抱いている人が多いことに気付いた。
皆ハイレベル…いや、更に上の超級(ラヒヴェ)とよばれるものだし、野心家の塊だと思っていたのに、この意外な反応。
…若干嫌な予感。

そう思った時、がらりと開く音。
当然扉からであろうと廊下側を見るはずが、…窓?

「ハァーイお邪魔」

いきなり窓から、スタイルのいい、黒髪毛先赤の女の子が飛び込んで来て、窓際の男の子の机の上に座り込むことで着地した。
窓の開く音と少女の声に何となくその方向を見たキャシーは、

──目を見開いた。


「んまっシンディ!あなた窓からっ…」

担任が驚いて声を上げる。
まぁ確かに行儀だとか以前に常識が。

「何、先生、大して飛翔の魔法使えないから妬んでんの?」
シンディが担任を見下ろして言う。
担任は小さく息をのんだ。
彼女が絶句している間に、シンディはキャシーに向き直る。

「はじめまして!あたしはシンディ・ルグヌーイ」

キャシーは黙ってシンディを見つめた。


───この人…すっごい光ってる


赤いオーラが全身から放たれ輝いていた、いや、もうその色も様子も輝きを通り越して禍々しく迸り、赤黒くすら感じられた。
…こんなにも眩しく、禍々しいオーラは初めて見た。

キャシーが名乗ろうとする前に、
「知ってる知ってる、キャシーだよね」
そう言って、彼女は右手を差し出した。
「よろしくね〜」
笑顔。
しかし目が笑っていない、というか全身からほとばしるあまりの負のオーラに、飲まれそうになった。

レベルV。
シンディの水晶にはそう出ていた。
――そうか、彼女がキャシーが来るまで生徒一強い実力を誇っていた子だ。
片や担任はレベルUである。レベルが高くなればなるほど、1つ上がるのに苦労する。
その差は指数関数的に増大していくので、1つレベルが違うだけで様々な魔法が、使えるものも、同じものでもその効果が格段に上がり、全然異なるものとなる。

「…よろしく」
キャシーもにやりと笑ってシンディを見て、その右手を取って握手を交わした。

――それは宣戦布告であり、試合開始の合図でもあった。

まさにそれを告げるかのように、チャイムが鳴る。
キャシーとシンディのやり取りを、固唾をのんで見守っていたクラスメイトたち。
…あとで聞いたところによれば、このキャシーのいるクラスは2組で、シンディは1組らしいから、2組の皆が緊張感あふれるやりとりを見ていたわけだが。

「あら本鈴。じゃね、キャシー!また来るね」
シンディは笑顔でそう言うと、またひらりと窓枠を乗り越えた。
今度はもう、誰も文句は言わなかった。
…せっかく走ってきたパメラもユーロパは、一目キャシーを見ただけで、また自分の教室まで走らなければならなかった。

「…ええ、また…」

ぼそりと呟いてシンディを見送るキャシーを、他のクラスメイトとは違う目でじっと見つめる一人の少年がいたことに、キャシーは気付いていなかった。





 
 
 




 

あとがき


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