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「私には魔法は使えないが、息子が魔法使いの大使館で働いてるからね。どうも魔法使いたち寄りになってしまっているらしい」
笑う店主。
キャシーは微妙な思いでその笑顔を見た。
普通の人間で魔法使い寄り。
それは──思っている以上に危険なことだ。
だが今、彼にそう言ったところで変わることはないだろう。
監視センターの係の人──シンディとの仲が気になる──に言われた喫茶店にやってきた。
彼の名前を出さなくてもシンディの顔を覚えていたようで、店主はすぐに嬉しそうに声をかけて来たのだった。
「何かあったのかい?」
「え?」
急な店主の問いに驚くシンディ。
「子供だけでうろついてるっていうのは、あまり良くないことじゃないか?」
「あぁ…その…私たちの任務は完了したんで…でもせっかくだから街を見たいってこの子が言うから」
シンディはグイッとキャシーを前に押し出す。
キャシーはぎょっとして、前面に出されて愛想笑いをしようとしたがひきつって上手くできず、店主に頭を下げるしかなかった。
「そうかそうか、御苦労さま。シンディはちょっとこの街詳しいからなぁ」
「そうなんですか?」
好奇心に負けて聞いたユーロパをシンディは軽く睨んだが遅かった。
「シンディには隣街で『負の魔法使い』と町長が手を組んで知事をゆすって色々と斡旋してもらおうとしてた事件の時にうちの息子がお世話になってねえ、…」
どうやら隣の街でも同じレーダーに引っ掛かるようだ。それで監視センターと絡むことになったのだろう。
話が長くなりそうだったので、適当に飲み物をオーダーすると、店主は頑張ったご褒美だとタダでおごってくれた。
──まだ何も、終わってなどいないのに。
キャシーたちは奥の席に座った。
他に客はいないのを確認して、シンディが抑えた声で言った。
「まぁ魔法レーダーとか波形については分かったと思う。それからロージが誰の元にいるかも、ね」
『保護対象』──いや『負の魔法使い』の元だろう。
「そ、そうだシンディ、さっきロージが見つかってるなんて甘い、って、どういうこと?」
ユーロパが思い出して慌てたように聞いた。
シンディが魔法波形の監視センターに連れて行ってくれたのはもうロージのことが決着したからだと思ったら違うという。
「見つからないんですって」
「え?」
「大使館総動員で探索魔法をやってみたらしいんだけど、見つからないみたいなの」
シンディが首をかしげる。
「レベルが足らない…とか?」
「リーダーはレベルVよ。低いって言いたいの」
シンディに睨まれてユーロパは必死に謝る。
「…じ…じゃあ、い、異空間?」
「異空間なら異空間って分かるんだよね?キャシー」
必死のユーロパに答えるように、アデューイはキャシーを見る。
ビトレイ捜しの時の話をしているのだろう。
あの時、ビトレイは異空間にいたが、『異空間にいる』ということは分かっていた。少なくとも、レベルVだったカラハには。
キャシーは黙って頷いた後アデューイを見て、
「その時に教えた大気の探索魔法覚えてる?」
と聞いた。
「え?うん、覚えてるよ」
「それでロージを捜してみて」
アデューイは不思議だったが、素直に従うことにした。
「"ωηερε τηερε ισ α αιρ, τηερε ισ α λιøε. σο, ατμοσρηερε, χαν ψου ηελπ με λοοκ øορ τηε περσον ωηομ ι τηινκ"」
ロージはどこ?とアデューイは唱えた。
──だが。
「…?何も感じない…」
「レベルが低いんじゃないの?私がやるわっ」
アデューイと同じ詞をシンディも口にする。
覚えるのが早い。
「…な、何…?草原で息を吐いた時くらい手応えがないわ…」
例えがすごいが、何にも触れなかった手応えのなさは間違いないようだ。
「どういうこと…?」
キャシーを見る。表情からは何も読み取れない──
「分かった、『探索魔法封じ』!」
シンディが声を上げる。
探索魔法を唱えても見つからないなら見つからないようにする魔法、『封じ』をかけてまとっているのではないかと思ったのだ。
確かに『探索魔法封じ』は存在する。存在するが──かなり難易度の高い上位魔法である。なかなか使えるものではない。
「…じゃあ『旧・保護対象』は?」
キャシーが言う。
旧って、と思いつつ、意図を聞こうとキャシーを見ると
「ロージと一緒とは限らないわ。どこか見えない場所にロージを置いて活動しているかもしれないから」
と言われる。
アデューイは言われた通りに、『旧保護対象』を捜すべく、魔法を唱えようとしたが…
「ロージ…って言った部分はどうすればいいの?」
キャシーは黙って頷いた。
あの時、カラハとアデューイは一緒にビトレイを捜す魔法をキャシーに教わった。
その感覚からとても上位の魔法であろうことは分かっている。
自分が今までに知っていた探索魔法よりはずっと精度もよく、確実な魔法なのだろう。…だが。
「対象者の名前か、思い描く人、と言えばいい」
「対象者って…『旧保護対象』だよね?そんなの分からないよ」
この場合の思い描く人というのは、姿形を思い描ける人ということだ。
「見つからないっていうのは、そういうことなのよ。探索魔法は対象者が分からないと大体難しい。多分大使館の皆は『魔力を持つ人』という方法で探すと思うけど──それだと絶対に探せない人がいる」
キャシーは皆を目で見渡す。
「絶対に探せない…?」
ビトレイが呟く。
「…え?それは探索魔法封じを使っている魔法使いじゃないの?」
シンディが聞く。
「それだけじゃない、探索魔法を使った術者のレベルより上位の魔法使い、だ」
アデューイが続く。
「そう、そのどちらもよ。そして今回はその両方を兼ね揃えている可能性がある」
キャシーが頷く。
「『魔力を持つ人』という大まかな捜し方では、もともと捜しにくい。ここにこうしている私たちが引っかかるかもしれないし。その上、自分よりレベルの高い人への魔法は通りにくいから、探索魔法を唱えた人よりレベルの高い人は探しにくいことになる。更に高位者が『探索魔法封じ』をかけていたら、多分探索魔法で突き止めるのはかなり困難ね。それから…」
キャシーはそのままゆっくり口を閉じた。
「…?」
「それから?」
皆はキャシーの様子を窺う。
「…ううん、──リーダーはレベルVだったよね」
「そうね、私と同じだったわね」
シンディが足を組み替える。
「そうよね…」
ビトレイ捜しの時のカラハと同じレベル、V。
異空間にいるなら分かりそうなのに。
よほどの厳重な『処理』をした異空間なのだろうか。
そんなの、私…知らない。
キャシーが軽くため息をつくのを見て、ビトレイはハッとした。
「…まさかキャシー」
「なに?」
「『旧保護対象』や『負の魔法使い』が、レベルVより上だ…って言いたいの?」
「!!」
皆息を飲む。
キャシーがなんと答えるかをそのまま待って見つめていた。
その表情は──特にいつもかわりなく。
「そういう可能性が高いわね」
普通に答えるだけだ。
「ロージが見つからないのも、一緒にいる少なくともどちらかがVより上で、自分たちとロージに探索術封じをかけていれば見つからないのも変じゃない」
「『負の魔法使い』に超級がいるらしいっていうのは周知の事実らしいから可能性は高いけど…もし『旧保護対象』もV以上だったら…!」
とんでもなく強力な味方が彼らにできてしまったことになる。
皆、どうすればいいのか、沈黙する。
あまりにも未知で、強大な『負の魔法使い』たち。
「ね、ねえ、探索魔法のことだけど。キャシーが"レベル"を解放すれば捜せたりするんじゃないの?」
ユーロパがおどおどしながら、顔は明るく聞く。自らの思いつきが名案と思ったらしい。
だが、キャシーはギクッとしてテーブルを見つめた。
「──捜せない。言ったでしょう?『旧保護対象』も『負の魔法使い』も、顔や名前はおろか、陰すら見ていない」
「うん、だからロージをよ!ロージなら分かるでしょ?あたしたちには無理でも、キャシーの魔力なら…」
ユーロパの目は、期待に満ちていた。
他のメンバーからも、同じような表情で自分を見ていることが伝わる。
「悪いけど──ここで""にはなれない」
キャシーの言葉に、沈黙が落ちる。
「どうして…緊急事態なのよ!?」
ユーロパが詰め寄る。
ロージが拐われ、着ていた服には血痕。
どの程度のけがなのか、無事なのか──それもわからない。
別にあんな奴好きじゃないけど、心配じゃないわけがない。
「もしかして、""の解放状態の魔力が問題なの?」
シンディが尋ねると、キャシーはうつろな目をむけた。
「そりゃ確かに、あんなとんでもない魔力、感じないわけない。…え、じゃあ何、当然魔法を使わなくても""状態を解放するだけで『負の魔法使い』は気付いてしまうってこと?」
ユーロパの問いにキャシーは小さく頷く。
「え、でも、気付かれても大丈夫でしょ?もう今更」
シンディは本当に訳が分からないという顔をする。
キャシーは黙って首を振った。
「そんな…」
その信じられないという響き、非難、絶望の声にキャシーは目を伏せた。
何を言われても構わない。絶対に──嫌だ…!
「でも気付かれるってことは、キャシーの居場所がばれてしまうんじゃないの?その保身のために解放しないとか?…いや、それは勿論大事なことだから、誰も責められないよ」
ビトレイが皆を説得するように言う。それでもキャシーは黙っていた。
「あ、じゃあ、探索魔法を使って、ロージの居場所を突き止めたらすぐ"レベル"解放をやめて捜しに動けばいいじゃない」
「…それはもし向こうがロージと一緒にいたとしたら、逃げるよう教えるだけじゃない?」
仮にロージが『旧保護対象』や『負の魔法使い』と一緒にいたら、せっかくのチャンスを無駄にしてしまう。
「そんな簡単な話じゃないよ。どんな手に出るか全く分からないじゃないか」
アデューイが鋭く言う。
大使館の人間が総出で捜していることは、当然『負の魔法使い』たちは分かっている。
そして超級学院の生徒が助っ人として来ていることも。
ロージを捕える以前に知っていたはずだ、少なくともカラハがレベルをもらってしまった頃から。
でもキャシーのことは。
"レベル"のことは、彼らがどこまでつかんでいるかは分からない──だが。
「ロージから聞いてるかもしれないんだよ」
そして今最も重要なのは、おそらく"レベル"のキャシーが来ていることをロージから聞きだしているであろうことだ。
かなり可能性としては高い。
ロージからその情報を仕入れた奴らは、そうそう見つからないところに隠れてキャシーが力を使うのを待つ。
そして居場所が見えた瞬間、ロージそっちのけでキャシーを狙いに来るかもしれない。
或いはキャシーが来るのを待つのかもしれない、罠を張って。
「保身のために解放しないのは、正しいことだと思う」
アデューイの言葉に皆黙る。
キャシーはずっと黙っていた。
皆の話している内容はもっともで、そういう可能性もあるからこそ、""を解放しない、できないというのはある。
──でも、違う。
保身のためじゃない。
魔法や魔力を感知する方法では"レベル"がいることは分かっても、実はその居場所は突き止められないのだ。
第一に、耳のいい人の耳元でつんざくような音を出し、「その音源を探れ」と言うようなものだから。
音が聞こえた段階でしばらく何も聞こえなくなっているだろう、不可能だ。
第二に、あまりの強力な波動ゆえ、自分もその中に包まれてしまうために、全く大元が分からなくなるから。
それは暗闇で方向感覚を失うのと同じだった。
だけど、これを皆に言うつもりはなかった。
じゃあいいじゃないかと言われるわけにはいかなかった。
理論的にせめられる理由じゃないのだ、本当は。
私は、私は──…!
「…あんた大丈夫?顔色悪いのはロージのことかと思ったけど…もしかして体調悪いんじゃない?」
シンディがひょいっとキャシーを覗きこんだ。
キャシーは目だけシンディを見上げ、暗い思考から疲れたように息を吐く。
「魔力も大分削られてるように見えるけど。今が襲い時かしら」
アデューイたちはその発言にぎょっとしてシンディを見つめる。
だがその顔は笑っていた。
「じょ…冗談…」
「あら、ちょっとは本気よ。でもさすがに今は、ねえ」
おどけたシンディがふっと表情を引き締める。
「なんか大きな魔法でも使ったの?あの時と少し似てる」
おばあさんの件の時のことだろう──
キャシーは目だけシンディを見上げ、疲れたように息を吐く。
「私の体は…郷に支配されているから」
空気があわないというか、郷から長いこと離れると、こういうことになる。
郷で暮らす日々の方が、生まれてからより短いのに。
魔力というよりは気力を振り絞って探知能力を働かせて捜していたことは伏せた。
それごときのことで回復が遅いなんて知られたくなかったから。
「…僕たちはキャシーに頼りすぎかもね」
深い息と共にそう言ってて──アデューイは微笑んだ。
「体調が悪いのに無理させるなんて、友達じゃないよね」
友達。
アデューイから聞いたのは初めてではないけれど。
「キャシーは理由のないことは言わないし、しないよ」
それは強い目だった。
迷いなく、そう信じる強い目。
揺るがぬ信頼と信用と、そして意志。
「…買いかぶりすぎ」
キャシーはぼそっと言った。
「じゃあ何で"レベル"にならないの?」
「嫌だから」
「何で嫌なの?」
「い…嫌なものは嫌なのよ」
「""を解放した方が解決が早いかもしれなくても?」
「…」
アデューイの追求に黙ってしまった。
多分彼はやめない。
そしてキャシーは、答える気はない。
「""にならないのか、いや…ここではなれないのかい?」
その言葉に、沈黙が落ちる。
キャシーは否定も肯定もしない。
皆ただ、キャシーの表情の変化を読み取ろうと見つめるだけだ。
「なれないのはこの世界だからなのか、体…体力的に、或いは魔力的になのか。いずれにしてもやっぱり理由があるんじゃないか」
皆はキャシーの沈黙を肯定と捉えていた。
キャシーはそれでいいと思っていた。
本当はそのどれでもない。
──『気持ち』だ。
こんなにも変わってしまった自分の中に強く残る『自分』なのだ。
「──キャシー、1つだけ教えて」
アデューイが静かな声で言った。
キャシーはやっぱり黙ったままであったが、視線をアデューイの目に向ける。
「ロージは、死んだんじゃないよね?」
全員が凍りつく。
「死んでこの世にいないから捜せないんじゃないよね…?」
全員の血の気が引いた。
「さっきシンディがロージをさらった理由、挑発のためだろうって言った。そうでなければ誘拐した犯人のメリットは何かあるかって」
見つけやすいロージを連れて行ったのは『見せつける』ため。
彼らは本気で逃げようと思えば簡単に逃げだせるからだ、例えロージに顔を見られていても。
だからこそ『挑発』だと思ったのだ。
だけどそうじゃなく。
ロージが一緒なら見つかりやすい、それは、足手まといになるという考えもある。
或いはあのメッセージで自分たちを主張するのが目的であれば、用済み、という考え方もある。
そして何より、
どんなに皆が探索魔法で捜しても見つからないということは──…
「キャシーがさっき言い淀んだのは、それに気付いたからじゃないの!?」
探索魔法で見つからない、見つかりにくい人の話をしていたキャシーは、それから…と続けるのをやめたのだ。
『そう』と気付いた表情を見せたように感じられた──
アデューイの声は震えていた。
「…最後に、"ωηετηερ ηε ισ αλιŵε ορ νοτ"とつけて、さっきの魔法を唱えてみて」
キャシーは静かに言った。
「え…」
意味が分からずこぼれおちた声に、キャシーが目をそらす。
「"ωηετηερ ηε ισ αλιŵε ορ νοτ"とつけて。──それは『生きる者生きていない者とにかかわらず』…という意味に、なる」
キャシーがアデューイとカラハに教えた大気の探索魔法は、生きている者に向けられたものだった。
「"ωηερε τηερε ισ α αιρ, τηερε ισ α λιøε. σο, ατμοσρηερε, χαν ψου ηελπ με λοοκ øορ τηε περσον ωηομ ι τηινκ...ωηετηερ ηε ισ αλιŵε ορ νοτ"」
祈るように、アデューイが唱えた。
悪い方に出るかもしれない答えに一瞬躊躇したが、今は信じて唱えるしかなかった。
他の皆はただそれを見ているしかできなかった。
「…あ…」
アデューイが言う。
『生きる者、生きていない者にかかわらず』見つけてほしいというこの魔法でもし見つかったのなら…
「何も、感じない」
自分で言ってから、やっとその意味が身も心に浸透した。
心の底からの安堵の笑顔を浮かべた。
そしてそれは皆にも伝わっていく。
「ロージは生きてる。あくまで、この魔法じゃ捜せない場所にいるだけだ…!」
キャシーが言い淀んだのは、死んでいる可能性に気付いたからじゃない。
勿論ありうることだったが、『負の魔法使い』からすれば、殺すなんて勿体ないことはせず、ロージを仲間に引き入れようとするのではないか、と思ったのだ。
超級・レベルSなのだ、子供は騙しやすいし。騙せなくても催眠魔法とか。というのも催眠魔法を使える人がいるのかもしれないと感じていたのだ、ここ最近の彼らの急な躍進からして。
催眠魔法をかけられているかどうかは多分見たら分かるはずなので、とりあえず生きて無事なロージを見つければなんとかなるだろう。
ただ、言えなかった。
それは…信用していないから…なのだろうか。
探索魔法で捜せない人は、それから──
それから…""だ、と。
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