Magic57. 気味   カウンター  
 
 




6日目の朝。
起きだした女子3人は、朝ご飯を食べようと食堂に向かおうとした、が。

「うわっひでぇ顔」

いきなりそんな声がして振り向くと、ロージだった。
その後ろにアデューイもいる。

いつもは食堂でなんとなくどこかのテーブルで待ち合わせるみたいにして一緒に食べているのだが、今日はたまたま部屋を出た時間がほぼかぶったらしく、階段で偶然はち合わせたようだ。

そんな中、ロージが声をあげたのはキャシーの顔を見てのことだった。
起きているのか、いや、しっかり思考ができるほどに頭が回っているのかを怪しみたくなる虚ろな顔をしていたキャシーにかかったその言葉。
ロージの性格上普通の言葉選びだったのだが。

「何なのよその台詞!?」

いきなりユーロパが切れた。

これにはロージもびびったが、おかげさまというかで虚ろだったキャシーの目がぱっちり開いた。
全員がぽかんとしている中、ユーロパはさらに声を荒げる。

「女の子に向かって酷い顔とかよく言えるわよね?あんた自分の顔、鏡で見たことないの、貸してあげようか!」

ロージは誰もが認める『綺麗な顔』『かっこいい顔』『かわいい顔』というわけではないが、でも決して悪いともいわれない。至って普通だ。
ユーロパの方が恐ろしいことを言っているような気がする、と思いながらアデューイとビトレイが慌てて止めに入るのを見ていた。

「ユーロパ、落ち着いて。いつものロージだよ」
アデューイがユーロパの目の前に手をかざす。
ビトレイは、これ以上事態が悪化しないようにロージが何が言い返さないように構えた。

「…」
ユーロパはロージを罵倒するために吸った息を思いっきり吐いて、自らを落ち着かせようとする。
「言いすぎた、ごめん」
ぽそっとそれだけ言うと、踵を返して階段を下りて行った。

今度は残された全員がびっくりして詰めていた息を吐き出す。

「び、びびった…」
ロージが心臓を抑えながら言うと、
「ユーロパがあんなになるの初めて見た」
あんな子だったのかとビトレイが茫然と言う。

「…気が立ってるのよ。疲れているのね。分からないでもないけど…」
キャシーはそこまでで言葉を止めた。
みなまで言う必要はないと思った。

冷静な判断ができないようじゃ、危ない。
皆本当に疲れてきているのだと思った。




     




朝が弱いだけ。
緊張状態が続いてものすごくストレスを感じているだけ。
そう言っていた、それは確かにそうなのだろうが…

7日目にはさすがに皆おかしいなと気付き始めた。

食堂に現れたキャシーの顔は真っ青だったのだ。

アデューイはびっくりして駆け寄ってきたが、目でユーロパとビトレイに、こんな状態なのに何故起こして連れて来たと聞く意味で睨むと、ユーロパはつらそうに首を振った。
ビトレイはキャシーをちらっと見て、ため息をつく。
休ませようと説得しようとしたがダメだった…というところだろうか。

同じく食堂にいたリーダーも、すっ飛んできた。
どうやら毎朝食堂で全員の状態をチェックしていたらしい。
明らかに顔色の悪いキャシーに気付かないわけがなかった。

「休むか…郷に戻るか?」
リーダーがキャシーを覗きこむ。
キャシーは虚ろな目でリーダーを見て、
「…どちらもしません、食事をすればよくなります。迷惑はかけません」
そう答えた。
嘘くさい答えだと皆は思ったが、それでも食事を終える頃には確かに起きたてより少し顔色が良くなったキャシーは結局ロージと共に出かけて行った。


無理して出かけたところで、収穫はない。
朝食後少し良くなった顔色も、夕方帰った時には完全に青くなっていた。もとが色白な分、その色が怖い。


そのままロージと直接食堂に向かうと、それぞれ同じ時間に帰って来たビトレイ、アデューイ、ユーロパも食堂にいて、席を取っていてくれた。夕食の食堂は人が多いので、5人で食べるには席を取っておく必要があった。
まだ食事自体は取りに行っていないらしい。
なんとなくお互い今日も収穫がなかったことを顔で察し、そして互いに無事で帰ってきたことを安堵していた。

3人が取っていてくれた席に小物を置いて、食事をもらう列に並ぶことにした。

「こっちにきて、唯一の楽しみは夕飯だよな」
ロージがほくほくと嬉しそうに言う。
「何で?」
ユーロパが聞くと、
「朝は毎日同じものが並ぶバイキングだろ?毎日違うものを選んでもなーんか似通ってくるしさ。昼は昼で運が良ければ店で食べられるんだろうけど、俺らはそんな思いしたことないよ!大体弁当持って行って公園とかで食べたり、最悪見張りながら食べるし。或いはここに戻ってきて食べるけど、カレーかパスタしかないし。どこ行ってもポテト尽くしなのは変わらないわけだけど」
弁当はサンドイッチとポテト。思い出したように果物。
「夜だってポテトついてくるじゃない」
何故そう何でも付け合わせはポテトなのかと呆れるほど大量のフライドポテトが出てくる。
「皆同じものだし」

トレーを持ってカウンターに並ぶ。同じものなのでどんどん皿に盛り付けられて流れ作業のように出てくるのが夕食だ。
ユーロパとビトレイの冷たい答えにも、今のロージには怯まない。
「皆同じものでもできたての暖かさはあるし、毎日違うし、一番おいしいよ」
「まぁね…暖かいのは重要だよね」
アデューイは頷いた。
寒さに未だ慣れない。朝のバイキングは暖かいものはほとんどない。夕食は大量に同じものを作っているわけだが、常に加熱され、あとは皿によそうだけの状態で準備されている。


キャシーはそんなくだらない話をしながら列に並ぶ4人を、実は遠目に見ていた。
ロージに連れられて食堂に来たものの、全く食欲がない。あの列に並ぶのすらだるい、体が重すぎる。


「キャシー…」
席でどこか遠くの世界を見つめているキャシーに、アデューイが気遣わしげな声をかける。それでキャシーは思い出したように瞬きをした。
4人ともトレーに今日の食事を載せて席に戻ってきたところだった。

「本当に大丈夫?」
「ご飯食べられそう?部屋で休む?」
アデューイの言葉に続けて、ビトレイがキャシーを覗きこむ。
キャシーはその視線から逃れるように顔をそむけ、
「…ちょっと疲れた」
と返し、
「もう寝るわ」
と言って去ろうとした。

「ちょっと!いくらなんでも食べた方がいいわよ。体力勝負なんだから。何度か討伐に来ている私の経験上っ」
ユーロパが慌ててひきとめた。
経験者の意見は確実なのだろう。キャシーは目を細める。

「あ、じゃあキャシー、僕の取ってきたの食べてなよ」
アデューイが自分の持ってきた食事をトレーごと目の前にすべらせる。
「そんな列混んでないし、また並んでくる。キャシーは先に食べて早めに休みなよ」
お礼も同意も拒否も制止も聞かず、アデューイはまた食事をもらう列に向かって行った。

ハァ…と深いため息をつく。
ますます食べないわけにはいかなくなった。

その声を聞いて、
「ま、アデューイの言う通りだね。先に食べなよ」
ビトレイはちょっと呆れたように笑った。有無を言わせないアデューイの勢いに苦笑したのだ。ユーロパも同じような表情をして頷いた。

「アデューイってなんであんなキャシーに優しいんだろうな。気があるのかもな、どうよそのへん?」

にやにやとロージがキャシーに言ってきたので、キャシーは答えるかわりに勢いよくナイフを手に握りしめた。


     


「ごめんごめん、待っててくれなくても、先に食べててって言ったつもりだったのに」

急ぎ足で戻ってきたアデューイに、席にいた4人は顔を上げた。
キャシーはさすがに自分が並んでもないのにもらったのを、ああ言われても先に食べられる性格ではなかった。
ユーロパとビトレイはもともとアデューイを待つつもりだったので、アデューイの言葉に首を振って、食べよーと笑顔で言った。
ロージは…場が凍りついたので、今日の捜索のことをユーロパとビトレイに話して聞かせていた。そのため、まだ食事に手をつけていなかったという結果になっていた。

「いただきまーす」

キャシーは肉の気分じゃなかったが、強引に鶏肉を口に押し込んだ。



──?



舌がピリっとしたような気がした。
山椒の実…?でも、この地方でそんなものは多分食べない。
もぐもぐと咀嚼をしても最初の感覚は二度とこなかった。
キャシーは黙って立ち上がって、トイレに消え、また戻ってきて食事を続けた。



「…ごちそうさま」
肉以外のご飯やサラダに手をつけただけで、キャシーはすぐに立ち上がった。

「全然お肉食べてないじゃない」
ユーロパがキャシーの持ち上げたトレーを目で追う。
「なんだ、じゃあ俺がもらうよ」
ロージが言うと、

「もう私が一口食べた後だから」

キャシーはそう言って問答無用で踵を返して食器返却口に向かって行った。


「な…なんだよ、潔癖だな」
ロージが気分を害したように口をとがらしてぼやく。
まぁいかにもキャシーっぽい、と続けて皆何となく食事を終えた。


だが。
そうだったっけ、とアデューイだけは思っていた。

前にシンディたちと5人でお昼ご飯を食べた時、パメラだったかが喉をつまらせたことがあり、慌ててシンディが近くに置いてあったキャシーの飲み物を飲ませたことがあったが、その時キャシーは特に何も言わずにいた。
全部飲まれたわけじゃないからキャシーはその後それを飲んでいたような…?
確かにパメラは女の子で、ロージは男だけど。
キャシーはナイフで切った肉の端だけを口にしている。その他は手つかずだから、嫌なら触れていない部分をあげればいいだけな気もするし…
それすら嫌なほどロージが嫌いなのかな?


     


8日目。

「…マジで大丈夫かよ…」
ロージが声をかけた。
彼が気遣わなければならないほど、キャシーの顔色はいよいよ真っ青だ。

朝はけだるそうな様子が全開だが、昼になる頃には青くなり、夕方には今すぐ横にならせたいほどのぐったりした様となる。
そう考えるとまだ朝が一番容体としてはマシなのに、何故か誰も止められずにいる。
アデューイが必死で説得しても。
キャシーは「まだ大丈夫」と不思議な回答をするだけだ。

「倒れられたら俺が困るんだけど」
ロージにしては言い方はともかく、言っていることはまともである。

キャシーはフッと笑って、犬を抱く自分の手を見つめる。
長袖のブラウスで隠れているが、手首にはイラセスカ。左手にはグローブだ。なるべく目立たないような色を選んでいる。
──そう、これらは出力制限アクセサリー(イラセスカ)

これをとれば少しはましになるのだろう、だけど。

そんなこと──できない。



昼になり、近くの公園でランチタイムとなった。
それぞれ持たされたサンドイッチを頬張る。

でもキャシーはそれすら食べる気力がわいてこなかった。
ユーロパの言った通り食べるべきなのだろうということはよくわかる。
だけどどうしても手が動かない。口に持っていこうとしない。ただ見つめるしかない。

「おい、なんだよ?食べないのかよ。もうあんまり時間ないぞ」
ロージの声で我に返る。
半分寝ていたのかもしれない。

「…」
食べない、と答えるのももうだるくて、黙って再びサンドイッチを包んだ。
そのまま近くのゴミ箱にでも行こうと思い、気力を振り絞って立ち上がろうとすると、
「おい、ちょっと待てよ、それどうするんだよ」
ロージが慌てて止めた。
「捨てる」
キャシーはそう返した。
「何で」
「食べないから」
100点満点をつけたいほど端的な答えで、あとは察してくれと思ったら。

「捨てるくらいなら俺にくれよ」
ロージは言った。
「食べ物を簡単に捨てるなよな。その中のもの全てと、サンドイッチを作ってくれた人に謝れよ」

キャシーはぽかんとしてロージを見上げた。
「なんだよ」
「…意外と年寄りが注意するようなこと言うのね」
今日一番の長文である。

すると。
「…俺は両親が忙しかったから、おばあちゃんに育てられたんだよ」

思いがけず、ロージがそう言った。

超級の子がいるその親は超級のことが多い。遺伝しやすいのかもしれない。
勿論カラハのようにそうでもないところも多いので、そのことは一概には言えないのだが。
高いレベルの大人は大体色々な仕事をさせられる。超級になると中央研究所の学者のようになるか、その前身の役員をやるか。そうなると忙しく飛びまわることが多い。
そして、ロージの親もその例にもれず、であった。

「おばあさんに甘やかされ放題で育ったのね」
キャシーは言いながらサンドイッチを差し出した。
「ちょ…お前、全然元気じゃねーか!」
「だから大丈夫だって言ってるじゃない」
しんどいけど、別に思考が閉じているわけではない。熱があるわけでもないのだから。

「…食べていいのかよ」
サンドイッチは綺麗なまま、2つある。
片方の包みを開いただけで口をつけていない。もう片方は袋に入ったまま。でも、前の夕飯のことがあるから、ロージは恐る恐る尋ねたのだ。
「欲しいって言ったのはあなたでしょ?私は食べないからどうぞ」
拍子抜けするほどのあっさりした答え。

「じゃ…じゃあもらうよ」
ロージはもう残り少ないお昼休みの時間を考えて、慌てて頬ばった。



     



異変が起きたのは、午後の捜索を開始してまもなくだった。


そこは5階建ての古い宿で、『保護対象』はこういうところを転々としている可能性が高く、あちこちの宿を色んな班が何度も見回っている。ただ宿は常時見張りを置くには数が多すぎて、大使館の人間をとても全部に配置できない。
勿論宿の人間に男や少女のことを聞いてもいるし、報告もお願いしているのだが、受付は別の人間がして、『保護対象』はこっそりばれないように入っているというような可能性もあるので『そんな人は宿泊していない』と言われても、全てを信用できないのだ。

「じゃあ2人は宿の人間に混じって清掃を。私は入口で見張る。キャシーとロージは裏口側。そちら側には各階の窓、ベランダがあるから妙な動きがないかも見張ってくれ」
班長は大人の班員たちに内部へ潜入しての捜索を指示した。
各部屋の清掃作業にこっそり参加して、あわよくば発見を、無理でも痕跡から何かを探るという。
無論宿の人間にはがっつりお金を渡してある。
金を渡す時、そのもらった様子から『保護対象』或いは『負の魔法使い』に対してもお金で黙らされたかを見極める。
今回の宿は『いいの?まぁくれるなら勿論断らない、もらっておこう』というように見え、もらい慣れてはいないような感じはした。


指示を受けて裏口に回ったキャシーとロージは、お互いの位置を確認する。
あまり近くで2人で固まっていてもよくないだろうとロージが裏口により近い方で、キャシーは少し離れた陰に位置取りを決めた。
寒さに未だ慣れないけれど、犬を抱いていると暖かい、とキャシーは密かに思っていた。



その数分後。




「うぅっ…やべぇ…」


苦しそうな声に、キャシーはベランダを見上げていた視線を下ろした。
そこにはお腹を押さえ、顔をしかめるロージがいた。
演技とは思えない、というかここで演技をするわけがない。

「ちょっと…大丈夫!?」
キャシーはそのままうずくまってしまったロージの横に駆け寄る。
「無理…トイレ…」
そう言ったまま、膝に頭を埋めた。
脂汗がこめかみから流れ落ちるのが見えた。

「ち…ちょっと待って」

キャシーは空と裏口…非常口と、ロージを一気に目をやる。
もし中に捜している「保護対象」か或いは負の魔法使いかがいて飛び出してきたら──

ここを離れられない…

キャシーは慌てて犬にリボンをつけようとした。緊急事態の赤?トイレの青?と一瞬迷うと──

「おい…お前ならひとりで大丈夫だろ…」
「え」
ロージがお腹をかかえてうずくまった状態のまま、顔を少し横にしてキャシーを見た。

「動ける今のうちに…近くの人にトイレの場所聞いてくる…」

そう言ってよろよろと立ち上がるロージ。

「ちょっ」
「頼むわ!」
ロージはお腹を押さえると駆けだした。余裕がないのだろう。

「待って!」
キャシーが叫んでもロージは振り向かず、一目散に駆けて行く。
「戻りなさい!」
まもなく、ロージがこの細い路地を左に曲がり出たのが見えた。
大通りに行こうとしているらしい。

キャシーは犬に緊急事態の赤いリボンをつけて走らせる。
「どうした!?」
犬と共にやってきたのは、血相を変えた班長。

「ロージがすごくお腹痛がって、トイレに行くって行ってしまって…!」
「まずいな、2人宿内だ」
しまった、タイミングが悪い──

他の班員2人が宿内にいる状態で、キャシーか班長かがロージを探しには行けない。

「どうしてわざわざ行くんだ、宿で借りればいいのに…!」
班長が唇をかむように言う。
キャシーもそう言おうと思ったのだが、制止も聞かずに行ってしまったのだ。
中に2人いるからこれ以上入らない方がいいとでも思ったのだろうか。

「…仕方ない、ひとりで大丈夫かい?」
班長がキャシーに聞く。
「…」
キャシーは、いや、他の誰でもこの状況では頷くしかなかった。

班長は"Z"のキャシーを悪くも思ってはいないが、決して良くも思っていないことに気付いていた。
子供だからひとりにするな、という指示がリーダーから、多分大元は学者たちから出ているので、絶対2人で行動させているだけで、本当は"Z"なんだから大丈夫だろうと思っている。
むしろキャシーがひとりで、班長はロージと組みたいと今日みたいに分かれて行動する場合には特に思っていることだろう。

班長はキャシーの首肯を見ると、表の出入口の方に走り戻って行った。



キャシーは非常口を見る。
『保護対象』か『負の魔法使い』かが見つかるとしたら、もはやこれまで、と空を飛ぶ可能性もあるから、窓も全部見渡さなければならなかった。
それをロージと分担して見ていたのだが。

…あとは正直、もうロージに頑張ってもらって、早く帰ってくるのを願うしかない。

キャシーは深く息をはいて5階建ての宿の窓を、空を、仰ぎ見たのだった。






   

 
 
 





 

あとがき


clap

inserted by FC2 system