Magic5. 実技試験(2)    
 
 




何故キャシーはウレンを選んだか――

その問いに、事務員たちは皆思わず止まった。
ウレンも、呪文を唱えつつも当然気にはなっていた。何しろ当事者なのだから。

「あなたの(オーラ)よ」

キャシーはそういうとウレンが放った渾身の一撃を、ひらりと結界直前でかわした。
結界はその機能を働かせ、ウレンの攻撃である大きな光の球を弾いた。
入射角と反射角よろしく、弾かれた光の球は見事に、次の攻撃に移ろうと移動していたウレンの方に飛んでいく。
ウレンはまた慌ててまた避けるための防御壁(バリア)を張り、攻撃を吸収した。

息を切らせながらもキャシーを睨んだウレンだったが、
「あなたは私をどう見た?」
と問う真っすぐなキャシーの視線に捕えられた。
何も答えられないウレンに、キャシーはにやり…と笑った。

その顔は、13歳の少女の浮かべる表情ではなかった。

――誰もがゾッとして、まるで金縛りにあったように動けず、声も出なかった。

「あなたが私を見る目はハンターみたいだったよ」
そんな張り詰めた空気の中、キャシーは見事に緊迫感のない笑顔でにこーっと笑った。
それでもその笑顔すら怖いと思ったのは、目が笑っていないことに気付いたからかもしれない。

「私という獲物を見つけたハンターってね。狩猟本能に輝くオーラが伝わってきたんだ」

キャシーはそう言いながら、膝に手をついて俯き息を整えようとするウレンを、屈んで覗き込んだ。
下から笑顔で見上げるキャシーと諸に目が合うウレン。

「もうそんなに疲れちゃったの?」

――その言葉は。
これ以上ないほどクリアに聞こえた。
しかしキャシーからは声は出ていないし口も動いていない。
かわりに発声されたのは、
「大丈夫ですか?」
という言葉。


だから、端から見ていたナゲメたち他の事務員にはその言葉しか聞こえなかったし、キャシーが心配して覗き込んでいるようにしか見えなかった。

でも、ウレンにはわかったのだ、それがキャシーが脳に直接響かせた言葉であることが。
そしてそれは彼の逆鱗に触れるには十分の言葉だった。

顔を瞬時に真っ赤に染め上げたウレンは、罵声と共に波動を放った。
怒りで放たれる波動は、呪文などは要らない。
共に放たれる罵声や怒号がそのまま呪詛となり、それが魔法の詞として働く。

超音波のように空気を振動して襲い掛かる波動を、真っ正面から、キャシーは見た。

避ける暇は、ない。

キャシーとウレンの間には腕を伸ばせば届いてしまうほどの、わずかな距離しか空いていなかった。
ナゲメたちは息を飲んだ。


「…うるさいなぁ」


そう聞こえた。

そしてすぐ近くにいたはずのキャシーはひらりと跳び上がり、ウレンの頭上から背側に降り立った。

「な…!?」

ナゲメたち傍観事務員は驚いた。
キャシーがウレンを飛び越えたタイミングは明らかに『間に合っていない』のだ。
あの距離では避けられる訳はなく、だからこそ皆が息をのんだというのに。
しかし実際キャシーは無傷だし、ウレンの呪詛による攻撃波動は消えている。

何が起こったのかさっぱり分からず、目を丸くしながら肩で息をするウレンに、キャシーは言った。

「――つまり、私を私を倒せば自分が頂点に、ってね。戦いたかったんでしょ?私と」


一息ついて、キャシーはゆっくり言葉を発した。

…笑みを浮かべて。


「だから選んであげたの」


「―――…!」


キャシーの笑みは、13歳だと思い出させる屈託のない、あどけのないものだった。
しかしその口から出た言葉は、呪詛どころではない凄みのあるもので、恐怖を感じさせるのに十分だった。
観客となっている事務員たちは皆、息をのんだ。
完全にキャシーの放つオーラに飲まれていた。

「!!」

キャシーが一歩踏み出した時、その動きを見て我に返ったのは、レベルSの女性事務員・オーヒだった。

「ウレン!キャシーのは挑発よ!挑発に乗らないで!乗ったら負けるわ!!」

湾曲したミラーに手を付き、必死でそう叫んだ。 ずっと気になっていたのだ、やたらとキャシーがウレンを怒らせるように動いていることが。
――そして、キャシーが一切呪文を口にしないことも。

「負けるって…どう考えてもウレンは勝てないだろ」
もう一人のレベルSの男性事務員・モルが、オーヒをミラーから離そうと近づく。
だがオーヒはキッと睨んだ。



「ただの負けならともかく…っ、相手は"レベル"なのよ!?危険だわ!」




その言葉に、マジックミラーの傍観側の空気が凍った。
オーヒが感じたのは、キャシーが踏み出した一歩、そこから感じた言い知れぬ恐怖、それは同僚であるウレンが襲われるというものだった。
そんなはずはない、そんなはずはないのだが、それでもさっき至近距離で攻撃されて一瞬危うい状況だった。
キャシーはそこから少しイラついているようにも見えたのだ。
なめきっていた相手にやられかけて頭に来たのかも知れない。
そう考えるとますます危険なような気がした。

「ウレン!!」

だが、当然、マジックミラーの向こう側の声は届かなかった。
ウレンは『選んであげたの』というこれ以上ないほどの上から目線に耐えられなかった。

「お前…いい加減にっ…!」

くぐもった声を発し、激情で顔を真っ赤にしたウレンは、全身に力を漲らせた。
何でもいいから総攻撃を仕掛けるというウレンのその態勢に、

「どうぞ、かかって来て」

くすっと笑ってキャシーは棒立ちになった。


式魔の蛇も、キャシーを罵ることで生まれる呪詛も、その他ウレンが知る攻撃呪文も何でもお構いなし。

「ウレン…子供相手にマジだ」
呆然とそれを見た男性事務員・モル。
「…子供じゃないわ」
その言葉を即座に否定した女性事務員・オーヒ。
「え…?」
「あの子…生徒(こども)なんかじゃない」

ミラーの向こうでは、キャシーがいる所にめがけて一気に蛇と光の玉が突っ込んで、その衝撃波で何も見えない。

「ああ…、レベルが上ってこと?」
モルがオーヒを見上げると、ナゲメが目を伏せながら言った。


「いいえ。――彼女はやっぱり…13歳の少女なのよ…」



そして哀しそうな目でミラーの向こうを見つめた。

そこではまさに大量の蛇と大量の紫の光の小さな玉の後、ウレン自身が大きなエネルギーの塊となってキャシーに突っ込んだところだった。





 
 
 




 

あとがき


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